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五輪棄権、競技転向…それでも藤森由香の挑戦は続く

2019年3月15日 17:15配信

 幼少期にスノーボードを始めた藤森由香選手は、スノーボードクロス、スロープスタイル、そしてビッグエアと様々な競技で活躍し、現役引退を表明後も精力的に活動を続けている。そのスノーボード人生は、バンクーバー五輪を怪我で棄権、苦悩の末の競技転向など、決して平坦な道ではなかった。そんな紆余曲折を乗り越えて来た彼女の真意に迫る。

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スノーボードが「遊び」から「競技」に変わったとき

 私の父はスキーが大好きで、スキー場の近くでお店を経営したいという夢を持っていました。そんな父の影響を受けて、私は3歳からスキーを始めました。当時はちょうど日本にスノーボードが普及し始めた時期で、父はスノーボードを仕入れて早速商売を始めたんです。そこから私もスノーボードを知って、7歳くらいのときに姉とスノーボードを始めました。

 スキーとスノーボードではやはり勝手が違うので、最初はターンもできなかったですし、転んでばかりで周りの人にたくさんぶつかっていました。姉はすごく滑るのが上手だったので、それを見習って練習して行くうちに徐々に上達しましたね。ただ、すごく寒かったので、毎回寒さで手足がキンキンに冷えて辛かったのは覚えています(笑)。

 私の地元にはスキー場くらいしか遊び場がなかったんです。3歳からスキーをやっていたので、スキー場に行くことにも抵抗はなかったですし、周りの友だちと純粋な遊びとして楽しんでいました。

 その中で実家のスノーボード店でアルバイトをしていたお兄さんとお姉さんに教えてもらうようになり、小学校高学年のときスノーボードクロスの大会に参加する機会がありました。やってみたらすごく面白くて、それからはスノーボードクロスの大会で勝つことを目標に練習していましたね。

 中学のときには、スノーボードで活躍するために陸上部にも入っていました。スノーボードは基礎体力や体幹、瞬発力が必要なんです。最初は100m走をやっていましたが、より瞬発力が必要だと感じて、途中で走り幅跳びに切り替えたりもしていましたね。

 高校生になっても身体を作ることは強く意識していて、ジムにも通っていました。そのころからジュニアワールドカップに選ばれるようになって、3年生からは並行してワールドカップにも出場することができました。怪我で欠場することになった選手の代役という形でしたが、それから徐々に自分の滑りが認められて来て、2005年からはナショナルチームの一員として世界を周ったんです。

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