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水谷隼、リオオリンピック銅メダルの“本当の意味”とは? 卓球界を動かした告発と提言 オリンピック感動物語

2018年2月26日 17:15配信

©Getty Images

卓球が熱い! 平野美宇選手が世界ランキング1位の丁寧(中国)を破り、今年初めに行われた全日本卓球選手権大会ではその平野選手を同い年の伊藤美誠選手が撃破して初戴冠。男子では、リオオリンピック銅メダルの水谷隼選手に14歳の張本智和選手が勝利して優勝しました。東京2020オリンピックのメダルが有力視される卓球は、2018年秋にプロリーグ「Tプレミアリーグ」の開幕を控え盛り上がる一方です。

卓球人気の立役者といえば、明るいキャラクターでお茶の間でもお馴染みになった水谷隼選手ですが、リオで獲得した銅メダルには「日本人初のメダル」という以上の意味がありました。卓球界に一石を投じた水谷選手の勇気ある発言とは?

(文=小林信也)

水谷隼、銅メダル獲得の「ただならぬ意味」

2016年リオオリンピック、男子卓球シングルスで水谷隼が銅メダルを獲得した。2007年、17歳のとき史上最年少で全日本選手権に優勝してから男子シングルス5連覇を達成。2009年世界選手権では男子ダブルスで銅メダルを獲得。ドイツのブンデスリーガでも活躍するなど、国内外でその名を轟かせてきた存在。その水谷隼が、男女を通じ、オリンピックの卓球で初めてシングルスのメダルを獲得した。それ自体、“史上初の快挙”だが、それ以上に、この銅メダルには深く大きな意味があった。

水谷隼は、その4年前の2012年、勇気ある告発と提言を世界に発信した。それは、ルールで禁じられていながら多くのトップ選手たちが半ば公然と使い続ける“補助剤”の使用をやめるよう世界の仲間たちに呼びかけ、連盟に規制強化を求める提言だった。現役選手である水谷がこうした発言をすること自体、かなりのリスクを伴う。正論とは言え、“卓球界”には水谷の発言を快く思わないものいた。

水谷はなぜ告発と提言を行ったのか? “補助剤”とは何なのか? その真意を知るためにも経緯を紹介しよう。

©The Asahi Shimbun/Getty Images

補助剤はルール違反!現役選手、水谷隼の勇気ある告発と提言

2008年北京オリンピックまで、大半の選手はラバーを貼る際にグルー(接着剤)を大量に塗り込んでいた。そうすることで、ゴムの分子と溶剤の分子が結合して膨張、ラバーの反発力が格段に向上するためだ。が、人体への悪影響も大きい。

当時、大会を取材に行くと、関係者の出入口の外(屋外)にラバー張り替え所が設置され、冬の寒風の中、選手たちがダウンジャケットなどを羽織ってラバーを張り替える異様な光景が現実にあった。室内では中毒になる恐れがあったからだ。実際、塗っていた日本選手が意識不明の重体になる事故も起こり、まずは日本卓球協会が選手たちに使用の禁止を勧告。ITTF(世界卓球連盟)も北京オリンピック後に禁止した。

ところが、グルーを使うと使わないとでは、金属製と木製ほどの違いがある、音も弾きも全然違う。一度“金属”的な反発力に慣れた選手たちは、元に戻ることを受け入れられなかった。誰が見つけたかは不明だが、グルーとは別の“補助剤”を使い始める選手が現れた。それを混ぜるとグルーと同様の効果が得られる。あっという間に“補助剤”は選手の間で知られるようになり、トップ選手も大半が使い始めた。

新たなルールでは、グルーの使用だけでなく、“後加工”が禁じられたから、たとえ成分が違っても、意図的な手を加えること自体が違法。それでも、より弾きのいい打感を求め、補助剤を使用する選手が後を断たなかった。対戦すれば、その音や弾の回転、飛び方で、補助剤を使っているかどうかはすぐわかるという。だが、連盟がその検証し、補助剤の使用を科学的に検査する方法がないこともあって、野放しの状態が続いていた。ルールを守り、補助剤を使わずに大会に出るようになった水谷隼には、それが空しく、許せなかった。実力で劣っているとは思えない選手に、試合で苦杯を喫する。明らかに、ラバーの性能の差で圧倒される。ルール違反を犯している選手が明らかに有利になる。それが放置される。自分は、だからといってルールを平気で犯す気持ちになれない。

ロンドンオリンピックは、そのような公正とはいえない状況下で行われた。やりきれない思いは、ついに水谷を動かした。公正な競技環境が確保されるまで、「自分は国際大会には出場しない」との覚悟を持って、世界にこれを提言したのだ。

当時、雑誌Numberに掲載された水谷隼の告発の中に、こんな表現がある。

『僕たちはミリ単位の繊細な感覚で技術を競っています。補助剤を塗った選手との試合を100m走に例えれば、スタートラインの10m先に相手のスターティングブロックが設置されているようなものなんです。大事な試合で違法ラバーを使う選手に負けるたび、もし、補助剤がなかったら……と考えないわけにはいきませんでした。』

リオオリンピックでの銅メダルの“本当の価値”と意義

水谷隼の告発によって、補助剤の使用が広く認識されるようにはなったが、検査方法が見つからない中、状況は2016年のリオオリンピックでも変わらなかった。

誰が使っているとは断定できないが、まだ確実に補助剤を混ぜた違法なラケットを使う選手がいる中で、水谷は合法なラケットで出場し、そして銅メダルを獲得したのだ。

私も実際、補助剤を使ったラケットと使わないラケットを打ち比べてみた。本当に、木製バットと金属バットほど音が違う。合法ラケットでコンコンという音が、違法ラケットだとキンキンになる。打った感じも、反発力が明らかに違う。飛びすぎるためにコントロールがむしろ難しいと感じたが、プロのレベルになれば、それをコントロールする難しさ以上に、スピードと威力が圧倒的に増すメリットの方が大きいことはすぐに実感できた。“金属的”なラケットに、“木製的”なラケットで立ち向かい、銅メダルを獲った水谷隼の偉業は、その意味でも長く讃えられる伝説になるだろう。

銅メダルを決めた瞬間、両手を突き上げた。あの雄叫びは単なる勝利を超えた、水谷隼の魂の勝利を自ら祝う叫びでもあった。

©The Asahi Shimbun/Getty Images

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