東京2020

コラム

ソフトボール界の大エース・上野由岐子が投じた伝説の「413球」 オリンピック感動物語

2018年2月28日 16:15配信

一部のプロスポーツを除き、4年に一度開催されるオリンピックは、競技生活のすべてを懸けて挑む大舞台です。それだけに、オリンピックの正式種目であるかどうかは、そのままその競技の浮沈を左右します。かつて、世界一、金メダルを獲得しながらオリンピックの舞台から去ることになった女子ソフトボール。東京2020での復帰が決まっていますが、北京での金メダルの裏には、女子ソフトボール界を支え続けた大エースの物語がありました。

(文=小林信也)

メダルを懸けた大一番での3連投

女子ソフトボール日本代表のエース上野由岐子の“熱投”は、数あるオリンピックの名場面の一つとして人々の心に深く刻まれている。

2008年北京オリンピック。上野は、準決勝のアメリカ戦で延長9回タイブレークの末に惜敗すると、同じ日の夕方、決勝進出決定戦(対オーストラリア)にも登板。またも延長に入り、双方譲らず12回までタイブレークの続く厳しい試合を投げ抜いた。

延長12回裏、ついに日本がサヨナラ勝ちを収め、決勝進出を決めるまで、上野は実に171球、昼間のアメリカ戦で投げた147試合と合わせてこの日318球を投げていた。誰もが翌日の決勝戦に上野が登板するのは無理だろうと考えていた。

ところが、決勝戦、対アメリカ戦の先発マウンドに上がったのは、またしても日本のエース上野由岐子だった。

歴史的快挙の裏にあった大エースの「思い」

上野には、「どうしてもオリンピックで負けられない」、強い思いがあった。

1999年、高校2年生の上野は、世界ジュニア選手権でエースを任され、優勝に大きく貢献した。2000年シドニーオリンピックでも活躍が期待されたが、授業中、走り高跳びで大ケガを負い、オリンピック出場を断念した。4年後、アテネオリンピックではエースとして初戦のオーストラリア戦に先発。ところが、4回3失点を喫して降板、痛恨の黒星を喫する。後がない1次リーグ最終戦、対中国との試合ではオリンピック史上初の完全試合を達成。何とか予選を通過し、準決勝でも再び中国に完封勝利を収めるが、決勝進出のかかる3位決定戦では登板の機会を与えられなかった。上野がベンチから見守るその試合、日本は敗れ、銅メダルにとどまった。

連投を回避する目的があったとはいえ、監督に登板の機会を与えられなかった自分の力不足、大会中に風邪をひくなどしてコンディションを崩したふがいなさを痛感した。

その経験があったからこそ、上野は北京で連投を志願した。宇津木麗華監督もまた上野先発を決断した。

決勝戦、上野の気迫に触発され、また上野をなんとか盛り立てようという日本代表ナインの思いが結実したかのように、3回、4回と1点ずつ奪い、試合を優位に展開する。4回裏、アメリカに1点を許したものの、7回にも1点追加するとそのまま逃げ切り、ついに日本はオリンピックの舞台で頂点に立った。

女子の球技でオリンピックの金メダルを獲得したのは、1976年モントリオールオリンピックで女子バレーボール日本代表以来の快挙だった。

歓喜! 悲願の金メダルの先にあった意外な苦難

北京オリンピック準決勝、決勝進出決定戦、決勝と、2日間で行われたビッグマッチで、上野は413球を1人で投げ抜いた。女子ソフトボールが正規競技になって以来、過去3大会すべてで優勝しているアメリカを倒した日本選手は歓喜に沸いたが、その歓喜はやがてすぐ複雑な表情へと変わっていった。

悲願の金メダルを獲得し、女子ソフトボールは絶頂期を迎えるはずだった。しかしこのときすでに、2012年に行われるロンドンオリンピックでの正式競技からの除外が決まっていたのだ。

スポーツ紙にはかつての鉄腕、稲尾和久にちなみ「神様、仏様、上野様」の見出しが躍り、「上野の413球」は流行語大賞の審査員特別賞を受賞した。日本中が祝福ムードに包まれたが、「オリンピック種目」というブランドを失った女子ソフトボールへの関心は急速に薄れていった。

「女子ソフトボールを再びオリンピックに」

金メダル獲得した瞬間からすでに始まっていた“競技以外”のミッションは、硬式野球との復帰キャンペーン、普及活動などが実を結び、東京2020での復帰が決まった。前回大会の優勝国、日本は、あの北京オリンピック以来、12年ぶりにオリンピック種目に復帰する。

いまだ健在のエース・上野 2020で果たすべき役割とは?

413球を投げ抜き金メダルを手にした大エース・上野由岐子は、いまもなお現役で活躍している。オリンピッ競技からの除外、注目度の減退によるスポンサー撤退などさまざまな困難があった上野の所属チームは、日立ルネサス高崎からビッグカメラ高崎に変わっていた。

昨年2017年の日本リーグでは17試合に登板し、13勝0敗。ちょうど100イニングを投げて、打たれたヒットが44本、自責点はわずかに8点。ほとんど完璧に相手打線を封じている。35歳になってもなお、その右腕は健在だ。17年間の日本リーグ通算、218勝45敗。通算防御率0.59。2試合投げて、1点しか取られない計算だ。奪った三振は、1803イニングと3分の1で2108個。アウトのうちの4割近くが三振。これほどの投手は、プロ野球の歴史を見てもいない。昨年は100回投げて、ちょうど100奪三振。やや下がったとはいえ、毎回1個は三振を奪う。その球威以上に、絶妙なコンビネーションとコントロール、打者を打ちとる投球術にはいっそう磨きがかかっている。

再び金メダルを獲得するために、上野がどんな役割でチームに貢献するかが大きな見どころになる。当然、若い世代の台頭も不可欠だ。

さらに、日本が金メダルを獲得するだけでなく、ソフトボールが世界中から支持を受け、引き続きオリンピック種目であり続けることも、上野由岐子をはじめ、ソフトボールを愛する者たちの悲願だ。

コラム一覧に戻る