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あの人は今…?五輪メダリストの現在を追跡する!③ “Qちゃん”高橋尚子は「走る楽しさ」をアフリカにも

2018年6月20日 15:35配信

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過去に活躍した五輪メダリストの現在を探る『あの人は今…?』シリーズ!

第3回目で登場するのは、2000年のシドニーオリンピックで日本女子陸上界初の金メダルを獲得した元マラソン選手の高橋尚子さん。「Qちゃん」の愛称で親しまれ、その力強い走りで走ることの楽しさを伝えてくれた彼女の笑顔は、日本のオリンピック史を振り返る上でも欠かせないでしょう。

誰からも愛された高橋尚子さんは現役引退後、何をしているのでしょうか? 現在の彼女の活動を知るとともに、彼女のキャリアを振り返りましょう。

(文=池田敏明)

引退後も国内外で陸上界に貢献

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2000年シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さん。現在はスポーツイベントでキャスターやリポーターを務めたり、マラソンのテレビ中継で解説を務めたりしているので、その姿を目にしたことのある方も多いでしょう。

現役時代に蓄積した豊富な知識や経験を生かした分かりやすい解説、そして“Qちゃん”というニックネームに代表される親しみやすいキャラクターで、お茶の間の好感度も高いと思います。ちなみに“Qちゃん”の愛称は、彼女が大学を卒業してリクルートに入社した際、陸上部の新入部員歓迎会で『オバケのQ太郎』の主題歌を熱唱したことに由来するそうです。

現在の高橋さんは、テレビの解説以外にもさまざまな形で陸上競技やマラソンに携わっています。日本陸上競技連盟や日本オリンピック委員会(JOC)の理事を務めていますし、各地で開催されるマラソン大会や陸上競技大会、スポーツイベントにゲストとして招かれ、大会の盛り上げに一役買う役割も担っています。ランニングクリニックを開催し、学生や市民ランナーに走る技術やトレーニング方法を伝えることもあります。

それ以外にも、高橋さんが引退後の2009年から継続的に取り組んでいるプロジェクトがあります。それは「SMILE AFRICA PROJECT(スマイル アフリカ プロジェクト)」です。日本の子どもたちは、体が大きくなるにつれてシューズを新しいものに買い替えますよね。でも、古いシューズはボロボロになるまで履きつぶした、ということはほとんどなく、ただサイズが小さくなっただけで、まだまだ履ける状態であることが多いと思います。そんなシューズを回収して、アフリカの子どもたちに贈ろう、というのがこのプロジェクトです。

アフリカでは劣悪な環境の中、裸足で生活している子どもが多くいます。彼らは破傷風や感染症の危機にさらされながら日常生活を送っているのですが、そんな子どもたちにシューズを送っているのです。

「まだまだ使うことのできるシューズを、アフリカを中心とする途上国の子どもたちに届け、子どもたちの安全を守り、シューズを履いた子どもたちが笑顔で元気よく走り出すことができるのなら、こんなに素晴らしいことはない、と思います」。高橋さんは「スマイル アフリカ プロジェクト」の公式サイトでそのようなメッセージを発しています。このプロジェクトにただ賛同しているだけでなく、実際にケニアを訪問してシューズの寄贈式やランニングイベントにも参加しています。

国内外を問わずさまざまなイベントに参加しているのは、走る喜びや楽しみを広めたいという思い、そして彼女自身が今もなお走ることが大好きだから、ということに尽きると思います。

シモン選手とのデッドヒートを制して金メダル

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高橋さんは県立岐阜商業高校、大阪学院大学で陸上部に所属し、800mや1500m、3000mの選手でした。全国大会にも出場しましたが、決して有力選手だったわけではありません。しかしリクルートに入社して陸上部に入り、小出義雄監督と出会ったことで、マラソンランナーとしての才能が一気に花開きます。1998年の名古屋国際女子マラソンに出場して2時間25分48秒という当時の日本最高記録で優勝すると、同年12月のバンコク・アジア大会では序盤から独走し、2時間21分47秒というアジア最高記録で優勝。2000年3月には名古屋国際女子マラソンを制し、同年のシドニーオリンピック出場権を手にします。

シドニー五輪では、25kmを過ぎたあたりからルーマニアのリディア・シモン選手とのデットヒートを繰り広げました。しかし34kmすぎ、高橋さんはかけていたサングラスを外して沿道で声援を送っていた父親に投げ、これを合図にスパートをかけてシモン選手を引き離していきます。最後はライバルの猛追に遭いましたが、8秒の差をつけてゴール。日本女子陸上界初となる金メダルを獲得したのです。2時間23分14秒は、当時のオリンピック新記録でした。

レース後のフラッシュインタビューで、高橋さんは「皆さんの声援のおかげで、本当に背中を押してゴールまでたどり着きました(発言ママ)」と感謝の意を述べた後、笑顔でこのように語りました。

「すごく楽しい42kmでした!」

42.195kmという長丁場を走るマラソン。シドニー五輪のスタートラインにたどり着くまでに、高橋さんは過酷なトレーニングを重ねてきましたが、それを乗り越えることができたのは、走るのが大好きで、楽しかったからなのでしょう。そして、その楽しさを伝えたいからこそ、彼女は現在の活動に精力的に取り組んでいるのだと思います。

実際、高橋さんたちがシューズの贈呈を行っているケニアのスラム街では、シューズを履いてランニングイベントに参加したことで走ることに興味を持つ子どもが増え、マラソンクラブがつくられたり、破傷風や感染症のリスクが減ったことであらためて自分たちの住環境を見直す意識が高まり、清掃活動が行われたりといった変化も見られるようになったそうです。“走る”というのはものすごく単純な行為ですが、高橋さんはそれを楽しむことによって多くの人間を動かし、人々の意識や生活を変えているのです。

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