東京五輪2020

コラム

あの人は今…?五輪メダリストの現在を追跡する!④初代スポーツ庁長官、鈴木大地はアスリート発掘に注力する

2018年8月6日 17:34配信

©Getty Images

過去に活躍した五輪メダリストの現在を探る『あの人は今…?』シリーズ!

第4回目で登場するのは、1988年のソウルオリンピックで競泳では16年ぶりとなる金メダルを獲得した元水泳選手の鈴木大地さん。男子100メートル背泳で、史上2人目の日本人金メダリストとなった鈴木氏が、このレースで樹立した日本記録は、その後も15年にわたって更新されませんでした。

大舞台で自身の力を出し切り、素晴らしいタイムを残した鈴木大地さんは、現役引退後に何をしているのでしょうか。現在の鈴木氏の活動を知るとともに、彼のキャリアを振り返ります。

(文=池田敏明)

ロシアW杯で日本代表を訪ねた鈴木氏

©Getty Images

2018FIFAワールドカップロシアでの日本代表の戦いぶりは、今年のスポーツ界におけるビッグトピックの一つに数えられるでしょう。大会の約2カ月前に電撃的な監督交代があり、前評判はあまり高くありませんでしたが、蓋を開けてみれば強豪相手に堂々と渡り合い、グループステージを突破。決勝トーナメント1回戦では、3位になったベルギーと互角に渡り合い、あと一歩まで追い詰めました。

その大会期間中、「スポーツ庁長官」というあまり耳慣れない肩書きの人物が代表チームのキャンプを表敬訪問したことがニュースになっていました。日本サッカー協会の田嶋幸三会長と握手する写真も出回りましたが、特に若い方は「この背が高くて若々しいイケメンの『スポーツ庁長官』という人物は何者なんだろう?」と思ったのではないでしょうか。

この方――鈴木大地スポーツ庁長官は、元アスリートです。しかも、1988年ソウル五輪の男子競泳100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した、超一流のアスリートなのです。

現在の勤務先である「スポーツ庁」は、スポーツの振興やスポーツに関する施策の総合的な推進を図ることを任務とする行政機関です。文部科学省の外局として2015年10月に設置されました。鈴木氏はその初代長官に就任し、現在も精力的に活動しています。

もともと、鈴木氏は日本水泳連盟の会長を務め、水泳競技の発展に尽力していました。また、現役引退後は母校である順天堂大学の大学院で体育学を学び、スポーツ健康科学部で助教授を務め(後に教授)、医学の博士号も取得しています。現役時代の実績に加え、そういった経歴も評価されて、初代スポーツ庁長官として白羽の矢が立ったのではないかと考えられます。就任時の年齢は48歳。日本の中央省庁のトップとしては異例の若さといえるでしょう。

就任に際し、鈴木氏はこのように決意表明しています。

「当時、水泳連盟の会長をしていましたが、『水泳人の前に日本人である。水泳界だけでなく、スポーツ界のため日本のために自分なりにできることをしてみたい、挑戦してみたい』と思いました。国のために働けることに誇りを感じましたし、スポーツの力、スポーツの価値については関係者であればよく認識していることであると思いますが、それを多くの国民に理解してもらい、広くその力や価値を認めてもらいたいと考えました」

スポーツ庁はスポーツの振興などを目的とした組織ですが、もちろん2020年東京五輪での日本代表選手団の躍進も視野に入れています。鈴木長官は中長期の強化戦略プランの支援やアスリート発掘への支援、トップアスリートへの支援強化などを盛り込んだ支援方針、通称「鈴木プラン」を掲げ、JOC(日本オリンピック委員会)が目標とする「東京五輪で金メダル20~33個を獲得する」の実現に向けてさまざまな活動に取り組んでいます。

前評判が高くない中で掴んだ金メダル

©Getty Images

メダルの数を増やすには、それだけ“メダル候補者”の数を増やさなければなりません。しかし鈴木氏が金メダルを獲得したソウル五輪当時、彼はメダル候補者ではありませんでした。競泳は元々、日本の“お家芸”と言える競技ですが、1976年モントリオール大会、84年ロサンゼルス大会とメダルを逃していました(80年モスクワ大会はボイコット)。ソウル大会での男子100メートル背泳ぎの金メダル最有力候補は、予選で54秒51の世界新記録(当時)をたたき出したアメリカのデビッド・バーコフ。鈴木氏は予選を3位で通過しましたが、タイムは55秒90と1秒以上の差をつけられていました。

予選レース後、テレビのフラッシュインタビューで「決勝に向けての作戦は?」と問われた鈴木氏は、このように答えました。

「(作戦は)あります。内緒!」

鈴木氏の作戦は、バサロ泳法の距離を延ばすことでした。鈴木氏は潜水しながら両足のドルフィンキックで水中を進む「バサロキック」を得意としていました。水中で21回キックし、25メートル進んでから浮上して泳ぎ始めるのがそれまでのルーティンでしたが、決勝ではキックの回数を27回に増やし、潜行距離を30メートルに伸ばしたのです。

水中を進むほうが抵抗は少なくなるため、長く潜行するのは確かに有効です。しかし、それだけ無酸素状態が続くため、体への負担も大きくなります。まさにギリギリの作戦でしたが、鈴木氏はバーコフとのデッドヒートを制し、当時の日本新記録となる55秒05で金メダルを獲得しました。

大会前、周囲の期待はあまり高くありませんでしたが、鈴木氏は自身のメダル獲得を信じて疑わなかったそうです。そうは言っても、周囲が期待し、またそれなりの支援をしてくれれば、アスリートはよりモチベーションが高まり、万全の状態で競技に臨めるでしょう。“期待されないアスリート”の立場を知っているからこそ、鈴木氏はメダル獲得が期待されるアスリートを1人でも多く増やして東京五輪に送り込むための活動に注力しているのです。

コラム一覧に戻る

トピックス