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1分で勇気をもらえる!アスリート名言集③ 子どもが挫折にも負けない「折れない心」を培うための名言

2018年9月3日 14:56配信

一流のアスリート、オリンピアンのメンタリティーに学ぶ本連載の3回目は、ケガやトラブル、思わぬ挫折やアクシデントに見舞われながらブレずに自らの目標を達成する精神力を感じさせる言葉をご紹介します。

メダリスト、アスリートの真骨頂とも言える「折れない心」はいかにして培われたのか? すべてを競技に捧げたからこそ生まれた名言をご紹介します。

ユーモラスな珍場面(?)に隠されたアスリートとしての潔さ

「こけちゃいました」

谷口浩美(マラソン)

©Getty Images

オリンピックのアクシデントといえば、バルセロナ・オリンピックのマラソン男子代表、谷口浩美さんのこの名言が思い浮かぶ人も多いかもしれません。

谷口選手の表情もあいまって、どちらかというと“珍場面”として取り上げられることの多いこのシーンですが、実はこの後、オリンピックの大舞台で転倒というアクシデントにかかわらず冷静に追い上げ、8位入賞を果たしていることは意外に知られていません。

“事件”が起きたのは20km過ぎの給水所。給水のためボトルに右手を伸ばした谷口選手の左足を後続のモロッコ人選手が踏む格好になりました。靴は脱げ後続選手に弾き出されるように前方へ転んでしまった谷口選手。給水所に取り残された自分のシューズを拾い上げて履き直すと、再びレースに復帰しました。

先頭集団を走っていた谷口選手は30秒以上を失います。目標にしていた金メダルは難しい。しかし谷口選手は「棄権は、まったく頭になかった」と後に語っています。

足へのダメージがあったのは間違いありませんが、猛追を開始した谷口選手は次々と前を行く選手を抜き、銀メダルの森下広一選手、4位の中山竹通選手とともに、8位入賞。結果的にこのときの日本代表3人は歴代最高ともいえる結果を残しています。

「途中で、こけちゃいました」

「これも運ですね。精いっぱいやりました」

笑顔に見える表情で語った谷口選手は、この不運を誰のせいにもせず、かといって必要以上に悲観的に捉えることもなく、笑い飛ばすかのように「こけちゃいました」と言ったのです。

「とっさに出た言葉だったので」

谷口選手は名言といわれることに違和感があるようですが、前年の世界選手権で優勝し、金メダル候補筆頭に挙げられていた選手が、自らの不運や失敗を呪うでも、嘆くでも、後悔するわけでもなく、受け止められることこそが、谷口選手のアスリートとして重ねてきた修練の成果なのではないでしょうか。

「靴が脱げた」といえば、同じ陸上競技の北京オリンピックでも男子5000mの松宮隆行選手が、左足の靴が途中で脱げてしまうアクシデントに見舞われたことがありました。レース後、松宮選手が語った言葉も、谷口選手同様、潔いものだったのでご紹介しましょう。

「靴が脱げても脱げなくても、今の実力がこういう結果なんで、今日からまた頑張っていきたいです」

松宮隆行(5000m)

「人事を尽くして天命を待つ」ではありませんが、自分の全力を懸けて打ち込んだからこそ出てくる、ストレートな言葉。すべてを出し切ったアスリートたちは、言い訳をしないのではなく、言い訳になるような要素がないのかもしれません。

逆境に負けない「背景を知ると深い言葉」

「負けるとか、ダメだって気持ちは一切なかったです」

古賀稔彦(柔道)

©Getty Images

思わぬアクシデントといえば、アスリートにはつきものの、ケガでしょう。ケガに苦しめられながら立派な成績を残した選手はたくさんいますが、オリンピック本番目前でのアクシデントをはね返した選手といえば、“平成の三四郎”こと古賀稔彦さんです。

選手団の主将を務め、日本のお家芸・柔道の絶対的な金メダル候補として臨んだバルセロナ・オリンピック。現地での練習中に、左膝靱帯を損傷する大ケガを負ったのです。トレーナーの見立てでは全治3週間。絶対安静の中、畳の上に立てたのは試合当日だったといいます。

「負けるとか、ダメだって気持ちは一切なかったです」

後にこのときの心境を語った古賀選手は、こう振り返ります。

「4年間、本当に嘘のない努力をした積み重ねがあって、いろんな人にサポートしてもらって、家族の時間も犠牲にしてきて、お金も使って、その直前になにかアクシデントがあったとしてやめますか? やりますよね。誰でも同じ道を選ぶと思いますよ」

負けるということはみじんも考えなかったという古賀選手はケガをしたことで「かえって雑念がなくなった」「雑念を抱いたり聞いたりしている暇がなかったから優勝できた」とさえ言っています。

同じように「ケガをしたからこそ結果が残せた」と言っているアスリートは意外に多くいます。リオデジャネイロ・オリンピックで日本勢金メダル第1号を獲得した萩野公介選手は、男子400m個人メドレーを制した後にこんな言葉を残しています。

「それ(ケガ)があったからこそこうやって最後の最後まで粘れたと思う」

萩野公介(競泳)

©Getty Images/(左)瀬戸大也選手、(右)萩野公介選手

萩野選手の言う「それ」とは、前年のフランス合宿中に自転車で転倒し右肘を骨折したこと。ケガは全治2カ月で世界選手権にも出場できませんでした。それまで競技を長期に休むようなケガをしたことがなかった荻野選手は、あらためて水泳への取り組みを見つめ直すことができたのです。

終生のライバルである瀬戸大也選手が世界選手権2連覇を果たすのを横目に、焦ることなく練習を続け、オリンピックの大舞台で自己記録を更新する泳ぎを見せた萩野選手。その瀬戸選手も、世界水泳優勝後に両かかとを手術し、4カ月プールから離れるという出来事を乗り越えてオリンピックに挑んでいました。

「今回は公介が1年間みっちり、まあ前回のロンドンからは4年間ですけど頑張ってきた成果」

オリンピックのレース直後、3位に入った瀬戸選手が荻野選手を讃えた言葉も、萩野選手のケガ、瀬戸選手の手術を知っていると、また違った言葉に聞こえてくるから不思議です。

リオデジャネイロ・オリンピックでは金と銅、競泳勢として60年ぶりのダブル表彰台に立った荻野選手と瀬戸選手。二人の照準はもちろん東京2020オリンピック。ワンツーフィニッシュに期待です。

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