東京五輪2020

コラム

五輪映画監督・河瀨直美氏、バスケ選手の過去とその原点

2018年11月6日 10:55配信

(文・平辻哲也)

河瀨直美監督(撮影・平辻哲也)

カンヌ国際映画祭カメラドール(新人賞)を史上最年少27歳で受賞した『萌の朱雀』(97年)、樹木希林さんの最後の主演作『あん』(2015年)などで国際的に活躍する河瀨直美監督が、「東京2020オリンピック競技大会」の公式映画の監督に就任した。五輪の記録映画は20世紀の初めから作られており、1964年東京オリンピックでは故・市川崑監督、1972年では札幌オリンピックの篠田正浩監督が公式映画監督を務めた。女性監督としては1936年ベルリンオリンピックのレニ・リーフェンシュタール監督らに続き5人目となる。

河瀨直美監督(撮影・平辻哲也)

高校最後の試合でボロ泣きした理由とは…

「『大阪の街に出て、好きなものを自由に撮っていい』という課題を与えられたんです。それまでカメラを持ったこともなかった。この次の角を曲がると、何に出会うのかとワクワクした気持ちになったんです。それまでの自分は、他人が怖かった。関わらない方が安全という感覚がどこかにあった。でも、カメラがある種、味方になった。『撮っていいですか?』と人に聞いて、撮ることが、人と関係する行為に変わった」

最初に撮ったのは90年当時、「花博」の開催中の大阪・御堂筋に咲いていたチューリップ。「茎にピントを合わせて、シャッターを押す。何日か経って現像したフィルムを映写機に装填すると、チューリップが写っていた。この驚きとこの喜びは半端ない。なぜなら、私はチューリップを見ながら、自分自身を見ていたから。3日前の自分がタイムマシンのように蘇ってきたんです」

映像を観ながら、頭をよぎったのはバスケの最後の試合だった。大差をつけられ、負けている試合の1分前、河瀨監督はコート上でボロボロ泣き出してしまった。コーチからは「負けている試合で泣くんじゃない!」と叱られた。しかし、涙は止まらなかった。高校時代の河瀨監督はバスケットボールにそれまでの人生のすべてをかけていた。その時間が後1分で終わってしまう。涙の意味は、過ぎ去る時間との決別から来る悲しみだった。

「人が生きている軌跡を残したい」

「追いつけないくらい点数が開いていた。ああ、もうコート上には立つことができないんだ。時間が私の前を通り過ぎて、もう後戻りはできない。その時は今のように言葉で説明できるものではなかった。でも、カメラがあれば、あの時の自分を刻み込みことができるんだと思ったんです。ドキュメンタリーであろうが、フィクションであろうが、この時生きている自分がそこに刻み込まれている。原点はそこなんです。人が生きている軌跡を残したい」

そんな思いは生い立ちにも関係している。1969年、奈良県生まれの49歳。物心をついた時には両親はいなかった。「両親は私が生まれる前に離婚していた。私は父親を知らない。母親も私を生んで、どこかにいってしまった。養女になって、最後におばあちゃんに育てられた。私は生まれる運命ではなかったんです。自分が生まれた自体が奇跡なんです。幼い頃から、私はどうしてここにいるのだろう? と思っていた。でも、誰も教えてくれない。そこに突然、映画がやってきたんです」

20代の頃は自身の生い立ちと育ての親であるおばあちゃんを題材にドキュメンタリーを製作し、自身の人生と映画は切り離せないものになった。河瀨監督は監督の就任会見で「映画監督になったのはこのためじゃないかと思うくらい。再びスポーツに向き合うことになったのは運命のような気がします。スポーツの情熱や選手たちの思いは、選手だったからこそわかります。映画監督としてそういった感情を入れ込んで、感動できる作品にしたい」と意気込んだ。

『あん』がリバイバル上映で異例の大ヒット中

監督就任は、国際オリンピック委員会の決定だが、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長も『あん』を観たそうで、「すべての人に生まれた意味がある、とのメッセージに感銘を受けた」と語った。

配給:エレファントハウス
(c)2015映画『あん』製作委員会

その『あん』は現在、樹木さんの追悼として全国で上映中。2015年公開時は77館スタートだったが、既に130館以上が決まり、3年前の作品のリバイバルとしては異例の上映規模。動員4万人は確実に超える勢いで、配給会社も驚く大ヒットとなっている。河瀨監督の名前は知っていても、作品は観たことがないという人も足を運んでいるだろう。

公式映画は、2021年春に完成し、国内外で公開され、オリンピックミュージアムに収蔵される。市川監督の『東京オリンピック』では記録性よりも芸術性に重きを置いたことから、大きな論争になった。「生きている証が映画」と語る河瀨監督はどんな作品を見せてくれるのか。

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