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エンタメで見る五輪 スピルバーグ監督が描く最大の問題作『ミュンヘン』

2018年11月15日 13:31配信

(C) 2017 DW Studios L.L.C. and Universal Studios. All Rights Reserved.

文・平辻哲也

オリンピック史上最悪の悲劇と言われるのが、1972年9月に西ドイツ(当時)・ミュンヘン大会で起こった「ミュンヘンオリンピック事件」だ。パレスチナ武装集団「黒い九月」がイスラエル選手団11人を殺害し、全世界に衝撃を与えた事件はいくつも映画化された。中でもスティーブン・スピルバーグ監督が事件の顛末とその後のイスラエルによる報復作戦を描いた『ミュンヘン』(2005年)はパレスチナ側、イスラエル側の双方から批判を浴び、スピルバーグ史上最大の問題作となった。

ミュンヘン五輪は日本が歴史の残る大活躍を見せた大会だった。「月面宙返り(ムーンサルト)」を生み出した鉄棒・塚原光男を始め、男子体操は16個のメダルを奪取。松平康隆監督が率いる男子バレーボールは準決勝のブルガリア戦ではセットカウント0?2からの奇跡の大逆転を見せ、金メダルを手にした。ミュンヘン事件を受け、イスラエルは競技の中止を求めたが、西ドイツ政府はこれを拒否し、主な競技をそのまま続行させた。当日も現場近くの会場ではバレーボールの予選グループBが行われ、日本が西ドイツを大差で破った。

ブレーク前のダニエル・クレイグも出演

公開当時は地味な印象を受けた『ミュンヘン』だが、改めて見ると、メッセージ性の強い良作だ。暗殺チームのリーダー、アヴナー役は『ハルク』(2003年)でブルース・バナーを演じたエリック・バナ。「007」シリーズのジェームズ・ボンド役で大ブレークする以前のダニエル・クレイグが自動車のスペシャリスト役、仏を代表する名優マチュー・カソヴィッツが爆弾の専門家、『007 慰めの報酬』(2008年)で悪役を演じたマチュー・アマルリックがフランスの情報屋、『シャイン』(1996年)で米アカデミー主演男優賞のジェフリー・ラッシュが上官を演じ、キャスティングもなかなか派手だ。

原作はユダヤ人作家ジョージ・ジョナスによるノンフィクション小説『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録』(新潮文庫)。今は本名を変えて米国に住む、元暗殺隊のリーダーの告白に基づく復讐の記録だ。

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モサドの報復作戦の真相とは…

映画は、テロリストたちが選手村に潜入する場面から始まる。テロリストは抵抗する2人を殺害し、9人を人質に取って、イスラエルに収監されているパレスチナ人の解放を要求する。西ドイツ警察が事件の解決に当たるが、空港での銃撃戦の結果、レスリングやウエイトリフティングのイスラエル人の選手やコーチが全員殺されてしまう。

この事件を受けて、イスラエルの機密情報機関「モサド」は暗殺チームを編成し、「神の怒り作戦」なる報復を企てる。女性首相のゴルダ・メイアから直々にリーダーに任命されたのはドイツ系ユダヤ人の警護官のアヴナー。上官からは「明朝までに決断しろ。1日で決断できないやつは永久に決断できない」と迫られる。アヴナーは組織から離脱し、祖国に妊娠7か月の妻を残して、自動車のプロ、爆弾のスペシャリスト、事件の痕跡を消す“掃除屋”、文書偽造のプロとともに、テロリスト指導部の11人をひとりずつ消すというミッションを任される。

「経費の領収書をよこせ」

こう書くと、トム・クルーズ主演の『ミッション・インポッシブル』シリーズのようなスパイ活劇を想像するかもしれないが、ぜんぜん違う。アヴナーは「平凡ゆえに目立たない」という理由で選ばれた人物で、ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントのようなスーパー・ヒーローではない。上官からは「お前たちがやることには金がかかることを忘れるな。必ず領収書をよこせ」「甘いものはよせ。医療保険はないからな」と言われる。どことなく世知辛い。

最初のターゲットはアラファト議長のいとこで、ローマ在住の翻訳家。アヴナーと仲間は尾行し、銃撃をかけるが、アヴナーは一発も撃てずに、もうひとりの仲間が仕留める。やがて、第2、第3のターゲットを狙っていく。パレスチナの反撃も食らい、仲間には犠牲者も。自身も身の危険にさらされていることを思い知る。キプロスでの暗殺現場は皮肉にも“オリンピックホテル”。テロリストを爆死させようとするが、民間人も犠牲者も出てしまう。次第に、アヴナー達は、見えない恐怖と狂気の中をさまよい、「私たちは正しいのか? 果たしてこの復讐に意味はあるのか?」と思うようになる……。

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暗殺チームはどことなく素人くさい。爆薬の配分を間違えたり、通行人の酔っぱらいに邪魔されたり、襲撃のために女装したり……。数々の初歩的なミスも犯す。イスラエルの諜報機関「モサド」が非公式にパレスチナに報復するという話であることから、双方から批判を浴びることになったが、暗殺チームを賛美していない。一方、テロリストとされるパレスチナ人も善良そうな人物ばかりだ。

スピルバーグ監督が描きたかったのは、暗殺に手を染めていくことで精神的に病んでいく主人公たちの苦悩。ラストにはさりげなく、2001年の米国同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービルをCGで再現させて、問題を投げかける。オリンピックは平和の祭典。こんな悲劇が2度と起こらないことを祈りたい。

『ミュンヘン』
Blu-ray:1,886円+税/DVD:1,429円+税 発売中
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

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