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スポーツ雑学王への道!⑥陸上が「反時計回り」になった理由に、「18文字」もあった新体操の昔の名前?

2018年11月22日 12:54配信

スポーツには意外と知られていない豆知識が山のようにあります。親子や恋人とのスポーツ観戦中にちらっとそんな豆知識を披露すれば、尊敬の眼差しで見てもらえるようになるかも?

『スポーツ雑学王への道!』。この連載では、ついつい人に話したくなるスポーツの豆知識をお伝えしています!

第6弾の今回は、「陸上トラック種目はなぜ反時計回り?」、「体操の技の名前の秘密」、「覚えにくかった新体操の昔の名前」をお届けします!

(文=仲本兼進)

陸上のトラック種目は、なぜ反時計回り? 時計回りだった過去も!?

©Getty Images

陸上の花形種目ともいわれる100mをはじめ、200m、400m、ハードル走などが繰り広げられるトラック種目。1周400mのトラックを舞台に繰り広げられる0コンマ1秒を争うレースは、見る者を魅了し、感動を呼び起こすことでしょう。

ところで陸上のトラック種目において現在と昔を比べた時、大きく変化したところがあります。それは何かといいますと「走る向き」です。オリンピックでは1896年の第1回アテネ大会から行われている陸上競技ですが、その当時は右から左へと走る「時計回り」でした。しかし1908年の第4回ロンドン大会では一部の種目で現在のような「反時計回り」で行われています。実はこの第4回大会の時まで明確な規定がなく、その時の流れでルールを決めていました。また競技場の広さも各地で異なっていたため、1周あたりの距離も約380mから530mと大きな誤差が生じていました。しかし1912年に国際陸上競技連盟(IAAF)が設立。その翌年になって初めてルールブックがつくられました。内容として距離の統一による世界記録の認定とともに、周回について「左手が内側となるように走ること」と明記されたことにより、走る向きは現在のような反時計回りで行われるようになりました!

ではなぜ反時計回りで走ることを義務付けたのかといいますと……、実は決定理由を示す史料が存在していないため今日までわかっていません。しかし歴史学者の見識により、複数の説が浮かび上がっています。

その一つが「人の体の構造的特徴」によるものです。人の体は左に心臓があり、体の重心が左半身にかかりやすいため反時計回りのほうが走りやすいというのがこの説の理論。また人間は利き手が右、踏み込みは左足で行うことが一般的に多いことから左足で重心を支えて進行方向を定めやすいというのもその理由の一つとされています。

一方、もう一つの説も浮かび上がっています。それは「欧米の文字文化の影響」です。昔から欧米では左から右に文章を書く習慣がありました。そのため読む側も自然と左から右へと視線が動くようになります。つまり、見ている観客が選手の走る姿を見る時、普段から慣れている左から右へと視線が流れるようにしたほうが見やすい、という考えから現在の反時計回りになったのではないかともいわれています。

あくまで仮説ではありますが、確かに理にかなっているかもしれませんね!

体操の技の名前に、選手の名前が! 日本人選手の名前は〇〇個!

©Getty Images

日本のお家芸ともいわれている体操競技。その歴史は古く、日本で体操が普及したのは江戸時代末期の頃からといわれ、兵員の養成訓練が主な目的でした。競技としては、1894年(明治27年)には日本で初となる学校体操部「慶應義塾体育会器械体操部」が誕生。以降、大学を中心にスポーツとしての体操が広まっていきました。

文化として根強かった日本の体操界は、戦後初めてオリンピックに参加した1952年ヘルシンキ大会で銀メダル・銅メダルを2個ずつ獲得したのをはじめ、「鬼に金棒、小野に鉄棒」と言われた小野喬選手が日本に初めて金メダルをもたらした1956年メルボルン大会。近年では2004年アテネ大会と2016年リオデジャネイロ大会で男子団体が金メダル、そして2012年ロンドン大会から2連覇中の内村航平選手らが活躍を見せるなど、長年にわたりオリンピックの大舞台で活躍し続けています。またこれまで98個のメダルを獲得しており、これは柔道や競泳を上回る数字となっています!

世界に金字塔を打ち立て続けた日本の体操界ですが、残したのは記録だけではありません。技の名前も数多く残しているのです!!

体操を見たことのある方は、コバチやトカチェフ、カッシーナ、コールマンといった技の名前を一度は耳にしたことがあるかもしれません。これらはすべて鉄棒の演技で繰り出される技で、その技を開発した選手の名前がそのまま技の名前となっています。なぜ選手の名前がつけられているのか。一言で答えると、わかりやすくするためです。例えばコバチは「バーを越えながら後方かかえ込み2回宙返り懸垂」、トカチェフは「懸垂前振り開脚背面とび越し懸垂」というように、技の組み合わせが重なって動きが複雑になるにつれてどうしても長い表記になってしまいます。そのため、技を開発した選手の敬意を表する意味も込め、技の名前が選手名になっているというわけです。

日本人選手が技の名前となって登録されているのは跳馬や床など全種目で38個。そのうち、東京2020大会での出場を目指している「ひねり王子」こと白井健三選手だけで6つの技に名を残しています!(シライ/グエン、シライ/キム・ヒフンを含む)

技の名前は体操界で活躍した数々の名選手を思い出させるきっかけにもなりそうですね。

新体操の昔の名前は、「〇〇〇〇を〇〇〇する〇〇〇〇〇〇演技」!?

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オリンピックの体操というと、鉄棒やあん馬など器具を使った「器械体操」を思い出す方が多いかもしれませんが、「新体操」と「トランポリン」も体操種目の一つとして行われます。その中で今回は、新体操にフォーカスを当てたいと思います。

新体操がオリンピックで正式種目として行われるようになったのは、個人が1984年ロサンゼルス大会、団体は1996年アトランタ大会から。しかし競技としての歴史は古く、20世紀初めにロシアで親しまれていたバレエをもとにした芸術体操がルーツとされています。そのため今でも新体操の選手はバレエのレッスンを行っており、バレエ文化の根強いロシアやウクライナといった東欧諸国の選手が新体操界で実力を示しています。

クラブ(こん棒)、フープ(輪)、ボール(球)、リボン(帯状布)、ロープ(縄)の5つの道具を使い音楽に合わせて演技を行う新体操。かつては器械体操の一つとして行われていましたが、1963年から独立した競技となります。新体操という名前もその時につけられたもので、それ以前は「携帯器具を持ってする音楽伴奏団体演技」という名前で行われていました。というのも新体操という名前は日本独特の呼び名で、英語では「Rhythmic Gymnastics」といい、直訳するとリズム体操。しかし実際には道具と音楽も使うことから、競技の説明を盛り込んだ長い名前となってしまいました。ちなみにリズム体操という名前は日本ではラジオ体操の一つとして100年以上も前から使われており、改名するにあたりリズム体操という名前は使えないという状況の中、「器械体操とは違うこれまでにない新しい体操」という意味を込めて新体操という名前になったとされています。

オリンピックでは女子選手のみが出場できる新体操ですが、2016年リオデジャネイロ大会の閉会式で青森大学の男子新体操部がパフォーマンスを披露し世界中で話題となりました。実は男子の新体操は日本が発祥とのこと。徐々に世界に普及する男子の新体操も今後、オリンピックで採用されることを期待したいですね!

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