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エンタメで見る五輪 『炎のランナー』のアカデミー賞は金メダル級の快挙だった

2018年11月30日 20:30配信

文・平辻哲也

(C)2015 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

オリンピック映画といって、誰もが真っ先に思い浮かべるのがヒュー・ハドソン監督による『炎のランナー』(1981)だろう。ギリシャのシンセサイザー奏者、作曲家のヴァンゲリスによる荘厳なテーマ曲「タイトルズ」とともに、砂浜を力強く走る若者たち。映画は1981年のアカデミー賞で7部門にノミネートされ、作品賞、衣装デザイン賞、脚本賞、作曲賞の4部門を受賞。イギリスを代表する名作となった。2012年のロンドン五輪開会式でも、劇中の名シーンが再現された。

プロデューサーの歓喜「シンデレラ・ピクチャーだ」

1981年、アカデミー賞の大本命はウォーレン・ベイティが監督、主演した『レッズ』だった。ロシア革命とその革命を記録したアメリカ人ジャーナリスト、ジョン・リードの半生を描いた歴史大作。ベイティが監督賞を受賞し、『レッズ』が作品賞というのがよくある流れ。しかし、名前を読み上げられたのは『炎のランナー』だった。

イギリス作品の受賞はミュージカル『オリバー!』(キャロル・リード監督)以来、13年ぶりの快挙。名前を呼ばれたプロデューサーのデビッド・パットナムは壇上で「信じられない。みんなも駄目だと言っていた。『炎のランナー』はシンデレラ・ピクチャーだ」と大興奮だった。

パットナムは記念すべき第1回東京国際映画祭のコンペティション部門の審査員長も務めたイギリスの名プロデューサー。『小さな恋のメロディ』(1971)、アラン・パーカー監督のデビュー作『ダウンタウン物語』(1976)、『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)、リドリー・スコット監督のデビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977)などを送り出し、新しい才能を世界に紹介してきた。

550万ドルの映画が3500万ドルのハリウッド大作を破る

こんな大物プロデューサーさえも、金集めには苦労した。ヒュー・ハドソン監督はCM界で活躍するディレクターだが、これが映画デビュー作。出演者も世界的には無名の存在だった。製作費550万ドルを集めるのには2年がかり。20世紀フォックスが半額を出資したことで、ようやくスタートを切れた。日本映画の規模で見れば、550万ドルは大金だが、ハリウッド映画と比べると、低予算だ。

この年のアカデミー賞のライバルを見ると、監督賞、助演女優賞、撮影賞の3部門受賞の『レッズ』は製作費3500万ドル、録音賞、美術賞、編集賞、視覚効果賞の4部門の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は1800万ドル。ハリウッドのスタンダードな製作規模が当時2000万ドル前後と言われる中、低予算映画の『炎のランナー』は金メダル級の大快挙を成し遂げたのだ。

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映画は、1924年のパリ五輪の陸上男子100mの金メダリスト、ハロルド・エーブラムス(ベン・クロス)と、男子400mの金メダリスト、エリック・リデル(イアン・チャールトン)の物語だ。

差別と戦ったユダヤ人と神の喜びを感じる宣教師

ユダヤ人の裕福な家庭で生まれたエーブラムスは1919年、名門ケンブリッジ大学に進学し、陸上界でめきめきと頭角を現す。しかし、そこには思わぬ敵があった。ユダヤ人であるがゆえの潜在的な差別だった。それを自身が走ることで打破しようと誓う。一方、スコットランド生まれのリデルは宣教師の家庭で育ち、自身も宣教師を目指す敬虔なクリスチャン。ラグビーから陸上に転向し、好成績を残す。天賦の才能の持ち主は「走るたびに神の喜びを感じる」という。

そんな2人は1923年、ロンドンで開かれた陸上競技会100mで初めて激突。僅差で勝利したのはリデルだった。大きな失望を味わうエーブラムスだったが、名コーチのサム・ムサビーノ(イアン・ホルム)からの指導を受けられるようになる。ところが、大学側は「アマチュアの世界に、プロを持ち込むのか。プロに訓練されたら、アマチュアとは言い難いのでは」と責められる。エーブラムスは「どこまで行っても、僕はケンブリッジ大学の学生であり、今やろうとしているのは母校のためでもあり、祖国のためです」と反論する。

やがて、2人のパリ五輪出場が決定。イギリスの選手団とともに船で出発する時に、リデルはある重要な事実に気がつく。100mの予選は日曜日だったのだ。何よりも信仰を大切にするリデルは「休息日に走ることはできない」と言い、皇太子から直々の説得にも揺るがない。そんな時、ハードルの選手で貴族のアンドリュー・リンゼイが「僕はもうメダルを取ったので、400mの代表枠を譲る」と申し出る……。

実は映画ならでは、の創作も

2人のキャラクターは史実に基づいているが、100mの予選が日曜日だったことが直前になって分かるという肝となるエピソードは劇中の脚色という。実際は数ヶ月前に分かっており、リデルは短期間でトレーニングを積んだ。実際には、イギリス代表で800mを優勝した選手がいたが、その人物が映画に名前が出ることを断ったため、代表権を譲ったアンドリューという人物を創作したのだという。

映画は史実にあった精神を盛り込み、エンターテイメントとして見事に昇華。時代を超えたスポーツ映画の名作となった。

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