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エンタメで見る五輪(10)ケリガン襲撃事件の裏側を悲喜劇として描く『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』

2019年1月16日 16:00配信

文・平辻哲也

© 2017 Al Film Entertainment LLC

米フィギュアスケートのトーニャ・ハーディングが94年リレハンメルオリンピック出場権を得るために元夫らにライバルへの襲撃を命じたのではないか、と疑惑の目を集めた「ナンシー・ケリガン襲撃事件」。前代未聞の醜聞は全世界に大きな衝撃を与えた。ハーディングは本当に襲撃を指示したのか、関係者はなぜ卑劣な犯行に及んだのか。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』ではハーディングの波乱万丈の半生を悲喜劇として描き、その謎に迫る。

フィギュアスケートの伊藤みどりが1988年に女子選手として初めて成功させたトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)。その伊藤に続く史上2人目でアメリカ人女性初の成功者がハーディングだった。しかし、彼女を有名にさせたのは名声ではなかった。

1994年1月6日、リレハンメルオリンピック選考会となる全米選手権の会場で、練習を終えたナンシー・ケリガンが何者かに襲撃されるという事件が発生。膝を殴打されたケリガンは怪我で全米選手権を欠場し、ハーディングが優勝した。事件から2週間後、ハーディングの元夫ジェフらが逮捕され、ハーディングにも疑惑の目が向けられた。

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全米スケート協会とアメリカオリンピック委員会はハーディングをオリンピックチームから追放しようとしたが、ハーディングは法的措置をほのめかして代表にとどまり、リレハンメルオリンピックに出場。しかし、靴紐の不具合などで振るわず8位入賞に終わり、一方のケリガンは銀メダルを獲得した。氷上での演技よりも、競技中に審査員に涙で訴える姿を覚えている人は多いはずだ。

映画ではトーニャの人格形成に大きな影響を与えた母親とのねじれた親子関係から、疑惑の傷害事件や靴紐問題まで描く。ハーディング、元夫ジェフ、母ラヴォナ、事件の実質的な首謀者がインタビューに答え、それぞれの視点から事件の“真実”を浮き彫りにしていく。

フィギュアスケートといえば、コーチ料、遠征、衣装代などお金のかかるウインタースポーツというイメージだが、一家は貧しかった。ハーディングの母親はその貧困から抜けるために娘にスケートを習わせた。その教育方針は「スクールの生徒は友達じゃないから、仲良くならなくていい」「金を出しているのは私よ」と言い放つなど独特のものだった。

そんな母の罵倒と暴力の中で育てられたハーディングだったが、天性の才能と努力でアメリカ人初のトリプルアクセルを成功させ、92年アルベールビル、94年リレハンメルと2度のオリンピック代表選手に。しかし、元夫ジェフの友人がライバル、ケリガンを襲撃したことで、スケート人生は一変し、転落が始まる……。

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事件自体は許されない行為だが、何がなんでもどん底から這い上がろうとクレイジーなまでの野心を持つハーディングの姿は悲しくも、どこかおかしい。演じたのは『スーサイド・スクワッド』のセクシーな悪女ハーレイ・クイン役などで知られるマーゴット・ロビー。「これまで読んだ脚本で一番面白かった」と語り、本作のプロデューサーも務めている。

撮影はアメリカ映画としては短い30日間だが、5ヶ月に渡るスケート特訓を経て、30秒程度の競技シーンも自らこなした。難易度の高いシーンはプロスケーターの演技に3Dスキャンしたロビーの顔をCG合成したものだが、こちらも本人が演じたのではないかと見紛うほどの出来栄え。また、競技中継とは違った、映画ならでは、のアングルにも迫力がある。

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鬼母役アリソン・ジャネイはアカデミー賞など席巻

そんな主役を食う演技を見せたのは、母ラヴォナ役を演じたアリソン・ジャネイだ。「あの娘はダメだと言わないと力を発揮しない」という考えの下、言葉と体の暴力でねじ伏せる“とんでも鬼母”をド迫力で怪演。エミー賞を7度受賞している演技派は2017年度のアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞で助演女優賞を獲得した。

トーニャの元夫、ジェフには『キャプテン・アメリカ』シリーズでウィンター・ソルジャー役のセバスチャン・スタン。幼少期のトーニャ役には『gifted/ギフテッド』の天才子役マッケナ・グレイス。

監督はライアン・ゴズリング扮する青年がアダルトグッズの等身大人形に恋するというコメディ『ラースと、その彼女』(07)のクレイグ・ギレスビー。本作でもシリアスドラマとコメディを見事に融合し、ドリス・デイの「わたしを夢見て」やシカゴの大ヒット曲「長い夜」、スジー・アンド・ザ・バンシーズによる、イギー・ポップのカバー曲「THE PASSENGER」などナンバーに乗せて、テンポよくドラマを見せる。

事件の関係者は誰もが身勝手なヒール的な存在。しかし、観終わると、嫌いになれないどころか、少し好きになっている自分がいるから不思議。あまたある伝記映画と同様、事実と異なる部分もあるようだが、現在1児の母で、造園業に従事するハーディングも再び脚光を浴びて、まんざらでもない、とか。

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

ブルーレイ&DVD発売中

発売元:ショウゲート/販売元:ポニーキャニオン

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