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イケメンすぎるアスリート大集合!今から見逃せない東京2020の注目選手!⑤

2019年2月27日 13:00配信

2年後に迫った東京2020オリンピック。世界中の超一流アスリートがここ日本、東京へと集結します!

こんなチャンスはめったにあることではありません。であれば、日本人選手にだけ注目するなんてもったいない! というわけで、どうせ注目するならやっぱりイケメン選手ですよね?

東京2020で注目のイケメン選手、その第5弾をとくとご堪能ください!

(文=仲本兼進)

ホッケー界最高峰の男は、甘いマスクを持つベルギーの至宝!

©Getty Images

現在、世界最高のホッケー選手に君臨するのは、ベルギーのアルトゥール・ヴァン・ドーレン選手です! 彼は17歳で初めてベルギー代表に選出され、18歳でベルギーのMVPを獲得。その後もワールドリーグといった世界のひのき舞台で堂々としたプレーを見せゴールを量産。2016年リオデジャネイロ大会ではベルギー代表のエース格として銀メダル獲得に貢献しました!! これらの功績が認められ、2017年度の年間最優秀選手賞と新人賞をダブル受賞し、今や飛ぶ鳥を落とす勢いを持った選手の一人として君臨しています!!

アルトゥール・ヴァン・ドーレン選手がホッケーを始めたのは5歳のとき。ヨーロッパではホッケーは家族みんなで楽しむスポーツとして浸透しており、競技者だった叔父の影響もありすぐにホッケーが好きになりました。また、彼の才能はホッケーのみならずテニスでも発揮し、12歳のころにはスコットランドでの国際大会にも出場しました。その後、いずれかの競技に専念することが求められた際、選んだのはホッケーでした。当時のベルギーはホッケーのレベルや競技としての知名度も高くなくマイナー競技のイメージが強かったのですが、ベルギーのホッケー連盟が本腰を入れて若い選手に対して多大な投資を行い育成に務め、その未来を感じたアルトゥール・ヴァン・ドーレン選手もそのプログラムの一員として参加し一気に頭角を現すようになります。年代別のヨーロッパチャンピオンになったベルギーはマイナーだったホッケーのイメージを覆す勢いで、今では人気を博すメジャースポーツの一つとなっています。

彼がオリンピックを目指すきっかけとなったのは2008年北京大会。ベルギーと中国との時差が7時間ある中、目覚まし時計をセットして兄と一緒に母国の活躍をテレビ観戦し、ホッケーの魅力を堪能していたそう。ベルギーは2024年までにオリンピックと世界選手権、ヨーロッパ選手権の全ての大会で頂点に立つことを目標に掲げています。個々の選手が若年層から着実にレベルアップを図り実力を示す中、アルトゥール・ヴァン・ドーレン選手の活躍と影響力はベルギーにおいて不可欠な存在といえるでしょう。東京2020大会で輝く彼の姿が待ち遠しい限りです。

シンガポール初の金メダリスト、ずっと憧れていた選手と五輪で対決するドラマ!

©Getty Images

2016年リオデジャネイロ大会、競泳男子100mバタフライ決勝で世界に大きな衝撃を与えた選手がいます。絶対王者のマイケル・フェルプス選手など実力者が勢ぞろいする中、優勝したのはシンガポールの選手でした。「偉大な人々と一緒に泳ぐことができて本当に幸せです」と謙虚なコメントを残したのは、ジョセフ・スクーリング選手。50秒39のオリンピック新記録でフェルプス選手らを破っただけでなく、シンガポール史上初となる金メダル獲得をもたらした選手となりました!!

4歳のときから水泳を始めたスクーリング選手は、憧れのフェルプス選手を目標にトレーニングに明け暮れる毎日を過ごすとすぐさま頭角を現すようになり、8歳のころにはプロの水泳選手になることを夢見るようになります。2011年に15~16歳の選手で競われる短水路100mバタフライでフェルプス選手が保持していた記録を破りその名が知れ渡るようになると、その翌年から本格的にトレーニングを行うためアメリカの高校に留学し、さらにレベルアップを図ります。すると2014年アジア大会100mバタフライでは51秒76の大会記録で優勝。2015年世界選手権100mバタフライでは3位に入賞するなど、シニアの大会でも実力を示すようになりました。

そして迎えた2016年リオ大会、スクーリング選手にとって最高の晴れ舞台となりました。まず準決勝で個人ベスト、シンガポール新記録、そしてアジア新記録となる50秒83を記録! 決勝進出に一番乗りを決めた彼は一気にメダル候補の最有力となりますが、観衆は金メダルコレクターのフェルプス選手の有利が揺らぐことはないと信じていました。ところが決勝で衝撃の光景が映し出されます。第4コースを泳ぐスクーリング選手はスタート直後から世界記録ペースで泳ぐと、50mをターンしたところから頭一つのリード。第2コースのフェリプス選手ら3選手が追い上げを見せるも、2位と0.75秒差をつける圧勝劇を見せつけたのでした!! レース後、プール内で真っ先に祝福に来たのは憧れの存在であり最大のライバルのフェルプス選手でした。「フェルプスの背中をずっと追いかけていた」と話すスクーリング選手は、現役引退レースとなったフェルプス選手に対して最後の最後で肩を並べることができたのでした。

国全体をテコンドーブームに! ヨルダン初の金メダリストは反骨精神の英雄

©Getty Images

2016年リオ大会のテコンドー競技で大きな話題をさらった選手がいました。「表彰台の一番上で国歌が聴けるのは最高の気分です!」。そう喜びを表現したのは68kg級に出場したアフマド・アブ=ゴシュ選手。ヨルダン史上初めてとなるオリンピック金メダリストに輝いたという選手です! 「リオに着いたとき、表彰台の頂点に立つことだけを考えていましたし、それがゴールだった。でも周りは僕の思っていることを信じてくれなかった。逆に燃えました」。反骨心を持ちながら挑んだオリンピックでは自慢のテクニックや身のこなし、そしてサイドキックを武器に勝ち進み、準決勝でテコンドーの国・韓国の選手を破る金星をあげ勢いに乗ると、決勝でロシア人選手にも勝ち、自らの目標としていた金メダル獲得を現実のものとしたのです!!

盛大な歓迎を受け母国に迎えられた彼は王宮に招かれ、王から「ヨルダンの歴史において最高の人物の一人」という言葉を直々にもらい今後もバックアップすることを保証。一歩外に出ればたちまち国民が彼の前に立ち写真やサインを求められることから、友達が周りでサポートしなければ外には出られないという状況となるほど国のアイドルとなりました。しかし何より変わったのが、ヨルダン全体がテコンドーブームになったということ。国内には10万人にのぼるテコンドー競技者がいて、オリンピック後には16の新しいクラブも設立。金メダルの獲得は、テコンドーをヨルダンで最も人気のあるスポーツにのし上がる原動力となったことは間違いありません。

このように国の英雄となったアフマド選手ですが、野心がついえることはありません。「私はテコンドー界を代表するような選手になりたいですし、もう一つ金メダルを獲得したい。私はヨルダンで初めて金メダルを獲得しましたが、次は2つの金メダルを獲得した最初のヨルダン人になれることを願っています」。連覇を目指すアフマド・アブ=ゴシュ選手の勇姿が東京2020大会で見られそうです!

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