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最強の王者、国枝慎吾選手の苦難「あそこまで負けたと言ってくれて、嬉しかった」

2019年3月27日 18:50配信

取材・平辻哲也

パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。「オレは最強だ!」と自身を奮い立たせて、長く世界をリードしてきた車いすテニスの絶対王者、国枝慎吾選手を、番組が取材したのは最も苦難を味わったシーズンだった。番組のチーフプロデューサー、太田慎也氏が国枝選手の素顔を語る。

日本はもちろん、世界でこそスーパースター

――多くのパラアスリートを取材されていますが、まずは日本人選手について伺いたいです。シーズン1で登場した国枝選手はどんな人ですか?

国枝選手は日本でも知られていますが、世界でこそスーパースターだと思い知らされました。世界各国の取材で「日本から来た」と言うと、「おお、シンゴ・クニエダの国だね」と返ってきます。水泳の会場、陸上の会場に行っても、そうです。パラスポーツの世界ではきっと、国枝選手のことを知らない人はいないのではと思います。

――国枝選手の凄さはどこにありますか?

彼はメンタルがとっても成熟しているから、試合の時も、ちゃんとテーマを持ってプレーされているように感じます。僕らが偉そうなこと言うのも恐れ多いですが、別次元の人だなって思いますね。うまく説明できないですが、「本当のチャンピオン」という気がします。

個人的なイメージ論ですが、競技を問わず、本当に強い人って、尊敬されると思うんですよ。例えば、ロジャー・フェデラーとかマイケル・ジョーダンとか、アイルトン・セナや全盛期のタイガー・ウッズ…。一方で、強いんだけど、「憎たらしいくらいに強い」みたいなチャンピオンもいますよね。もちろんどちらも強いんですが、その先に行くと、競技を超えて尊敬を得るチャンピオンだと感じることって、あるじゃないですか。国枝選手はそういう存在に思えます。本物のチャンピオンは、何か人格を兼ね備えているというか、人としてのリスペクトをちゃんと得ている感じがします。

――その強さの秘密かもしれませんが、国枝選手はメンタルコーチをつけていますよね。

アン・クインさんというオーストラリアのメンタルコーチがいます。随分前からの関係だと思うんですけど、国枝選手の代名詞にもなっている、“オレは最強だ!”という言葉をテープに書いて、ラケットに貼るよう提案したのも、アン・クインさんだったそうです。

メンタルトレーニングの方法も特徴的らしいです。ホテルや大会会場のプレイヤーズラウンジとかで、一緒に試合のイメージトレーニングをされたり、日常生活の中での意識の持ち方などについてもアドバイスがあるそうです。そうやって、自分の気持ちを高めていく。メンタルトレーナーのやり方の多くはこういう感じなんでしょうけど、取材した時、国枝選手はアン・クインさんを信頼されているんだろうなと思いました。

――ほかに、メンタルコーチをつけているパラアスリートは多いですか?

その人にとってのメンターが誰か、ということなんだと思います。例えば、ダニエル・ディアス選手(ブラジル/水泳)は、「家族がいるだけで、やる気が出る」と話していますが、「コーチの存在が一番です」というアスリートもちろんいると思います。フィジカル、メンタル面、技術、プライベートなど、アスリートによってそれぞれの重要度も異なるでしょうから、それぞれのやり方があるんだと思います。

――番組で取り上げた2016年のシーズン1では国枝選手は挫折を味わっていますね。

僕らはリオパラリンピックまでの軌跡を1年ほどかけて取材させていただいたのですが、肘のケガもあって、きっと一番辛い時だったと思います。今だからこそ国枝選手も笑い話にしてくださっていますが、きっと、「また取材に来るんですか」と思われていたはずです。

カメラの前だと、彼はチャンピオンとして、慎重に言葉を選びながら話をしてくださるんですけども、今思うとやはり緊張感が半端じゃなかったですね。国枝選手はすごくピリピリしているな、と思うことも少なくなかったです。番組にはそんな緊張感も映っている気がします。

リオ銅メダル、誇らしい敗北だった

――金メダルを期待されたリオでは、残念ながらシングルス準々決勝敗退、ダブルスで銅メダルでした。

番組ディレクターをはじめ僕ら制作チームは番組を通して、「国枝選手が銅メダルで面目躍如」と言うのではなく、「負けました」と描きました。金メダル獲得を公言していた国枝選手でしたが、リオまでの道のりやその思いや過程を見てきた僕らは、ストレートにそう描けばいいと思ったからです。国枝選手がシングルスで敗退したのは、ヨアキム・ジェラード選手(ベルギー)ですが、僕らは、「ジェラード選手に負けたのではなく、2016年時点の車いすテニスに負けたんだ」という描き方にしたのです。「選手層が厚くなり、若手も台頭してきた今の車いすテニス界を作ったのは、国枝選手、あなたですよ」との思いからです。こんな誇らしい敗北はないんだという内容にしたんです。

番組が完成した後、すごく緊張しながらご本人に見ていただいたのですが、とても喜んでくださって、「あそこまで“負けた”と言ってくれて、気持ちよかったです」と。よかったです。おかげさまで、その後もいい関係を続けさせていただいています。

――本来なら、番組としても、選手が勝ってくれるのが理想ではありますよね。

もちろんその気持ちはありますが、我々が試合するわけじゃないし、勝っても負けてもそれがドキュメンタリーですからね。ちょっと大変な時期に取材がぶつかってしまったなという感じではありました。リオ後のインタビューで語ってくださったのですが、国枝選手もきっと悟っていたんですよ。このコンディション(※ 右ひじの故障)では勝てない、と。でも、リオで敗退する最後の瞬間までは、カメラの前でも、試合の時も、自らを奮い立たせ、不安な気持ちを自分の中で押し殺してファイトをされたんだと思います。その姿が本当にかっこよかったですね。

(続く) 

「WHO I AM」の特設サイト

シーズン1、2の本編(全16番組)はここから無料で観ることができる。

「WHO I AM」とは?

WOWOWと国際パラリンピック協会(IPC)が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの5年間にわたって、世界最高峰のパラアスリートたちに迫るパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ。 現在、シーズン3まで放送されており、24人のパラアスリートを取り上げている。勝負の世界だけでなく、人生においても自信に満ちあふれる彼らが放つ「これが自分だ!=This is WHO I AM.」という輝きを描く本シリーズは2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」にノミネートされるなど国内外で高く評価されている。

太田慎也(おおた・しんや)

大阪府吹田市出身。2001年WOWOW入社。編成部でスポーツ担当やドキュメンタリー企画統括を経てドキュメンタリー番組のプロデューサーに。日本放送文化大賞グランプリやギャラクシー賞選奨を受賞。「WHO I AM」では国際エミー賞ノミネート、アジア・テレビジョン・アワードノミネートの他、ABU(アジア太平洋放送連合)賞最優秀スポーツ番組、日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組優秀(2年連続)などを受賞。

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