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6歳まで手で歩いた鉄人タティアナ・マクファデン「世界は美しい」

2019年4月10日 13:00配信

取材・平辻哲也

リオパラリンピックで、400m、800m、1500m、5000mで金メダル、100m、マラソンで銀メダルに輝いた米パラ陸上の鉄人がタティアナ・マクファデン選手だ。二分脊椎症という状態で、旧ソ連に生まれ、児童養護施設の中だけで育ったマクファデン選手の人生は6歳のときに一変した。WOWOWのパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」の太田慎也チーフプロデューサーが魅了されたのは、彼女の力強い言葉や生き方だという。

マクファデン選手は、本来脊椎の中にある脊髄が外に出てしまう「二分脊椎症」を患った状態で出生。実母は養育を諦め、6歳までサンクトペテルブルクの児童養護施設の中だけで育った。

――マクファデン選手はどんな生い立ちでしたか?

「彼女は背中が裂けたような状態で生まれたそうです。6歳まで車いすも与えられず、手で這ったり、逆立ちをして歩いていたそうです。そんな時、アメリカの役人の女性が仕事で施設を見学にやってきたんだそうです。その女性とタティアナは互いに目が合って感じるものが合ったそうで、女性は『あの子を養子として連れて帰る』と。それでタティアナもアメリカにやってきたのです。タティアナはまったく外の世界を知らなかったので、まず、車いすにびっくりする。青空を見てびっくりする。人を見てびっくりする。目に映る全ての世界が新しくて、自由でポジティブなものに変わっていったんだそうです」

この養母となった女性が健康のためにスポーツクラブに通わせたことがきっかけで、マクファデン選手はパラ陸上で才能を開花。12歳の時に年齢別の世界記録を樹立し、04年のパラリンピック・アテネ大会ではアメリカ代表最年少で銀メダルと銅メダル、08年の北京大会では3つの銀と1つの銅、2012年のロンドン大会では3つの金と1つの銅と数々のメダルを獲得。2014年のソチ冬季大会でも、1kmスプリントで銀メダルを獲得している。

「今考えると、6歳まで手で歩いてきたから、筋力、腕力がすごいのです。そして何よりもすごいのは、新しい世界に出会った時の感動を今も持ち続けていることです。育ての母であるデボラさんも、『タティアナは目に見えるもの全てが美しく見えると話しています。だから、金メダルは嬉しいんだけど、生きていることそのものが彼女にとっては金メダルなんです』と言っていました」

「スポーツをやったことで、夢や目標ができた」というマクファデン選手はイリノイ大学大学院に通い、手術やリハビリを受ける子どものケアを行う「チャイルドライフ・スペシャリスト」の資格取得を目指している。東京パラリンピックでもその圧巻のパフォーマンスを見せてくれるに違いない。

「金メダルよりも最高なのは嫁と子どもと幸せに暮らすこと」

――パラアスリートたちは、名言の宝庫ですね。

「言葉が力強いから、番組にはそうした言葉をできるだけ詰め込みたいと思っています。例えば、ハワイ在住の義足スノーボーダー、エヴァン・ストロング選手は『金メダルを取れたら最高だけど、もっと大切なのは、妻や子どもと幸せに暮らすことだよ』と言っていました。大きな事故で片足を失ったスノーボーダーに言われたら、自分はどうなんだろうって、やっぱり思うじゃないですか。子どもや家族を大事にしようと思いますよね」

エヴァン・ストロング(アメリカ)

サンフランシスコ生まれ。17歳の時、飲酒運転の車に轢かれ、左足を切断し、義足での生活に。2007年にスノーボーダーとしての活動を本格化。2014年ソチ大会パラリンピックで金メダルを獲得し初代スノーボード王者に。2018年の平昌大会では銀メダルを獲得した。ハワイ在住。

――ほかにも、心に響いた言葉はありましたか?

「ボッチャはタイが強いんですが、タイ代表のエース、ワッチャラポン・ヴォンサー選手です。『僕は負けたことはあるけど、諦めたことはない』と言ってくれました。自分でも言ってみたいと思うようなかっこいい言葉ですね。彼は最高のキャラクターでした。髪の毛をいつもいろんな色に染めて、全身にタトゥーも入れています。番組では『This is WHO I AM.=これが自分だ』というコメントを、選手のみなさんにカメラに向かって言ってもらっているんですが、ほとんどの選手がチャンピオンらしく落ち着いて話してくれる中、彼だけは叫んでいるんです。普通に撮ったバージョンもあるのかと思ったら、全部のパターンで叫んでいました(笑)。現地のクルーに確認すると、彼が『叫んでもいいか?』と聞いてきたそうです。『ボッチャは一番障がいが重い人による競技で、暗いイメージがある。だからボッチャのイメージを変えたいんだ』と言ってくれたそうで、それならばぜひ、叫んでいるパターンを使用させてくださいと伝えました」

ワッチャラポン・ヴォンサー(タイ)

生まれつき脳性麻痺のため手と脚に障がいがある。10歳で障がい者学校に入り、11歳の時に学校の運動会でボッチャと出会う。同年、タイ国内の少年チャンピオンシップに出場し、16歳にしてタイ代表デビュー。リオでは、個人戦(BC2)と団体戦(B1-2)で金メダルに輝く。タイは同競技最多となる6枚のメダルを獲得する大躍進を見せた。

(続く)

「WHO I AM」の特設サイト

シーズン1、2の本編(全16番組)はここから無料で観ることができる。

「WHO I AM」とは?

WOWOWと国際パラリンピック協会(IPC)が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの5年間にわたって、世界最高峰のパラアスリートたちに迫るパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ。現在、シーズン3まで放送されており、24人のパラアスリートを取り上げている。

勝負の世界だけでなく、人生においても自信に満ちあふれる彼らが放つ「これが自分だ!=This is WHO I AM.」という輝きを描く本シリーズは2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」にノミネートされるなど国内外で高く評価されている。

太田慎也(おおた・しんや)

大阪府吹田市出身。2001年WOWOW入社。編成部でスポーツ担当やドキュメンタリー企画統括を経てドキュメンタリー番組のプロデューサーに。日本放送文化大賞グランプリやギャラクシー賞選奨を受賞。「WHO I AM」では国際エミー賞ノミネート、アジア・テレビジョン・アワードノミネートの他、ABU(アジア太平洋放送連合)賞最優秀スポーツ番組、日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組優秀(2年連続)などを受賞。

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