dmenuスポーツ

東京五輪2020

コラム

インスタ70万人のフォロワーを持つ新世代スター、ベアトリーチェ・ヴィオ

2019年5月15日 13:00配信

取材・平辻哲也

 イタリアの車いすフェンシング、ベアトリーチェ・ヴィオ選手はパラスポーツの世界のみならず、スポーツ界全体に影響を与える存在だ。「ベベ」の愛称で知られる新世代スーパースターはパラリンピック初出場のリオ大会で金メダルに輝き、東京大会での連覇に期待がかかる。WOWOWのパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」の太田慎也チーフプロデューサーがその素顔を語る。

 ベアトリーチェ・ヴィオは1997年、イタリア・ベニス生まれの22歳。5歳でフェンシングを始めるが、08年に重い髄膜炎のため四肢を切断。車いすを固定した状態で競技を行なう以外は、一般のフェンシングと同じ剣や防具を使う車いすフェンシングに転向。10年に“四肢のない世界唯一のフェンサー”として公式戦デビュー。12年のロンドンパラリンピックでは15歳で聖火ランナーを務め、直後にイタリア代表入り。14年ヨーロッパ女王。15年には5度のワールドカップと世界選手権を制覇するなど、出場全試合無敗。多くのメディア露出に加え、グラフィックデザイナーとしても活躍するなど、その活動は多岐にわたる。

ーー彼女はどんな人でしょうか?

「新人類って感じですね(笑)。彼女のような人を見たことがないです。触るとヤケドする真っ赤な刃のような、エネルギーの塊のような選手です。いつも笑顔でハッピーで、元気いっぱいだけど、自分の意志がハッキリしていて気も強い。少しの時間もじっとしていたくないみたいで、待ち時間が出来ると、『待ちたくないから、歩いてくる』と出ていって、スマホをいじりながら常に何かに興味を示しているんです。インスタグラムには70万以上のフォロワーがいます」

――彼女をはじめ8人のパラリンピックメダリストを取り上げた「WHO I AM」シーズン2は2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」ドキュメンタリー部門にもノミネートされましたね。

「はい、ありがたいことに、18年11月にニューヨークでの授賞式に出席する機会をいただきました。べべに『国際エミー賞に来ない?』と聞いたら、『行きたい』といって、ご両親と一緒に来てくれたんです。テレビマンにとっては世界最高の舞台ですし、ドレスコードもあるから、僕らはみんなタキシードで会場へ行きました。ベベはどんなドレスなのかなと思っていたら、Dior(ディオール)がその日のためにデザインしたという黒のパンツスーツで現れて、本当にステキでしたね。『チャオ!ハロー、ガイズ!』と言いながら再会のハグをして、一緒にレッドカーペットでたくさん写真を撮って、授賞式会場へ入りました」

――授賞式の雰囲気はいかがでした?「テーブル形式でしたが、アカデミー賞みたいな格式と迫力のある演出でしたね。ノミネート作品の映像が流れて、最後にプレゼンターから『ザ・ウィナー・イズ…』といった感じで発表されるんです。僕らの「WHO I AM」は残念ながら受賞はならなかったんですよね。もちろん悔しかったしがっかりもしたんですけども、僕らスタッフは『ここに来られたこと自体が名誉なことだし、来年また頑張ろうぜ』という気持ちだったんです。きっと、受賞を果たせなかった多くの方々の雰囲気はそんな感じだったと思うのですが、べべは違う反応でした。

完全に不機嫌になって(笑)、『私、アワードが大嫌いになった』と。『どうして?』と聞くと、「戦わずして負けるこの感じが許せない」と話してくれました。ドキュメンタリー部門では「WHO I AM」を含めて4つのノミネート作品があったのですが、べべは『戦って負けたのならまだわかるけど、椅子に座ってディナーを食べて発表を待って、何もできることがないまま、あなたは負けたと宣告された感じが受け入れられない』と言うんです。彼女は、常にエネルギーを前に前に出したい、もし、目の前に敵がいるのなら戦って勝者になりたいというタイプなんで、そう思ったんでしょうね。今では笑い話ですが、その時はディレクターの中島悠さんと一緒に、『どこまでもベベらしいな』と話していました。もちろん、最終的にはハッピーに楽しんでくれていましたよ」

――東京パラリンピックの開催も来年に迫りました。選手たちとの親交は?

「べべをはじめ、選手のみなさんとは今も、いい関係でいさせていただいています。とてもおこがましい表現ですが、仲間・友人・家族みたいな気持ちです(笑)。東京パラリンピックで再会できるのが本当に楽しみですし、選手たちもそれを楽しみにしてくれているんじゃないかと思います。選手の皆さんには、もちろん完成したドキュメンタリーを観ていただくのですが、どの選手もとても喜んでくれました。『このプロジェクトに参加して良かった』と言っていただき、その後もいい関係を続けられて連絡を取り合ったりニューヨークで再会を果たしたりできているのは、WHO I AMチームのちょっとした誇りかもしれません。

ドキュメンタリー作りって、人の人生の良いことや、時には良くないことを取材するわけですから、取材対象から『なんであんな風に描いたんだ?』と言われる危険もあるし、逆に言えばとても責任が問われる作業だと思っています。そんな中で、番組が完成した後で、『本当にありがとう』と言い合えるのは、ドキュメンタリストとして最高に嬉しいことです。残り2シーズンありますが、世界にはまだまだ素敵な選手がたくさんいますので、彼らのまぶしいほどの個性や、骨太な生き様を丁寧に描いて、ドキュメンタリーをご覧いただいた皆さんが『自分=WHO I AM』について考えるキッカケになるようなシリーズにしていきたいと思います。その結果、東京でWHO I AMアスリートたちに注目が集まったら、最高に嬉しいですね」

(終わり)

取材後記

“最初は色眼鏡でパラアスリートを見ていた”と正直に話された太田CP。競技に触れ、選手と交流する中、その価値観が変わっていったという。また、パラアスリートたちが「障害」という言葉を使わないというのも印象的だ。告白をすると、筆者にもちょっとした“障害”がある。幼少時から左目が弱視で、矯正してもよく見えない。物心ついた頃からのことなので、不便はあまり感じない。ただ、今見えている右目の視力を失ったら、どうなってしまうのか、という恐怖は頭の片隅に常にある。だが、持って生まれたもの、起きてしまったものは仕方ない。ある種の運命を受け入れ、ポジティブに生きる。それが人生を輝かせるものになる。パラアスリートの生き方は人生のヒントにあふれていた(平)。

「WHO I AM」の特設サイト

シーズン1、2の本編(全16番組)はここから無料で観ることができる。

「WHO I AM」とは?

WOWOWと国際パラリンピック協会(IPC)が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの5年間にわたって、世界最高峰のパラアスリートたちに迫るパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ。現在、シーズン3まで放送されており、24人のパラアスリートを取り上げている。勝負の世界だけでなく、人生においても自信に満ちあふれる彼らが放つ「これが自分だ!=This is WHO I AM.」という輝きを描く本シリーズは2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」にノミネートされるなど国内外で高く評価されている。

太田慎也(おおた・しんや)大阪府吹田市出身。2001年WOWOW入社。編成部でスポーツ担当やドキュメンタリー企画統括を経てドキュメンタリー番組のプロデューサーに。日本放送文化大賞グランプリやギャラクシー賞選奨を受賞。「WHO I AM」では国際エミー賞ノミネート、アジア・テレビジョン・アワードノミネートの他、ABU(アジア太平洋放送連合)賞最優秀スポーツ番組、日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組優秀(2年連続)、科学技術映像祭 文部科学大臣賞などを受賞。

コラム一覧に戻る

トピックス

トップへ戻る