dmenuスポーツ

東京五輪2020

コラム

あの人は今…?五輪メダリストの現在を追跡する!鉄人・室伏広治の“意外”な経歴と、東京2020への挑戦

2019年6月12日 13:00配信

過去に活躍した五輪メダリストの現在を探る『あの人は今…?』シリーズ!

今回は、2004年のアテネオリンピックで投てき種目アジア史上初となる金メダルを獲得した、室伏広治さん。さらに、2011年の世界陸上で金メダル、2012年ロンドン大会で銅メダルを獲得するなど、日本が世界に誇るアスリートの一人です。

そんな室伏さん、現役引退後の今はいったい何をしているのでしょうか。

(文=池田敏明)

(C)Getty Images

意外にも(?)、博士号を持ち大学教授でもある金メダリスト

2020年のオリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決まったことを受け、2014年1月24日に東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が発足しました。その大会組織委員会で現在、スポーツディレクターという役職を務めるのが、元陸上ハンマー投げのオリンピック金メダリスト、室伏広治氏です。

室伏氏は大会組織委員会発足当初は理事に名を連ねていましたが、2014年6月にスポーツディレクターに就任、さらには2016年10月に国際渉外・スポーツ局からスポーツ局が独立すると、理事を外れて同局の局長に就任。2018年6月までスポーツ局長兼スポーツディレクターとして活動していました。

現在の役職であるスポーツディレクターは、大会における競技運営計画の責任者であり、国内外の各競技団体やオリンピック委員会、パラリンピック委員会等との調整役、またアスリートの意見を大会運営に反映させる役割などを担いつつ、対外的な情報発信などもこなしています。今年3月には、全米ゴルフ協会が主催するシンポジウムに登壇し、東京2020大会でゴルフ日本代表のコーチを務める丸山茂樹プロとトークセッションを行います。こういったイベントに出席し、大会をアピールするのも室伏氏の大切な役割。アスリートとして申し分のない実績を持っていて世界的に知名度が高く、英語も堪能で、なおかつ博士号も取得している室伏氏は適任といえるでしょう。

(C)Getty Images

フィールドでの勇姿やテレビのスポーツバラエティー番組でのスーパーアスリートぶりしか知らない方にとっては、「博士号を持っている」というのは意外な事実かもしれませんが、室伏氏は中京大学を卒業してミズノに入社した後、国内留学制度を利用して中京大の大学院体育学研究科に入学しました。そして1999年3月には修士課程を修了して体育学の修士号を、2008年には博士課程を修了して博士号を取得しました。2014年10月には東京医科歯科大学の教授に就任すると同時に「スポーツサイエンスセンター」のセンター長にも就き、動作解析研究やケガの予防、故障からの復帰に際しての取り組みなど、スポーツ科学の分野での研究にも従事しています。2017年、陸上男子100メートルで桐生祥秀選手が日本人初の9秒台となる9秒98の記録を出しましたが、桐生はその前に10カ月間にわたって室伏氏の下でトレーニングに励んでいました。足の甲の柔軟性を高め、体全体のバランスを整えたことによって桐生の走りは安定し、9秒台につながったのだそうです。こういったアスリートへの指導も室伏氏がこなす仕事の一つです。

スポーツディレクターと大学教授という“二足のわらじ”を履いている室伏氏ですが、どちらも根底には“アスリートファースト”の視点があります。オリンピックという4年に1度のひのき舞台で存分に実力を発揮できるよう、ストレスのない環境を提供したい。ケガを予防し、パフォーマンスを向上させられるようなトレーニングを伝えていきたい。自身がトップレベルのアスリートであり、トレーニングの中でさまざまな試行錯誤をしながら41歳まで現役生活を続けてきたからこそ、“アスリートファースト”の視点に立つことができるのでしょう。

スポーツ一家で生まれ育った“鉄人”の偉業

父親の室伏重信氏が元ハンマー投げのオリンピック代表、母親のセラフィナ・モーリツさんはルーマニア人で、元やり投げのオリンピック代表というアスリート一家に生まれました。父・重信氏から初めてハンマー投げの手ほどきを受けたのはわずか9歳の時。その後、陸上をはじめさまざまなスポーツに取り組み、高校入学後に本格的にハンマー投げに取り組み始めます。そして高校記録を打ち立てると、中京大学では4年連続で学生記録を更新し、インカレでも4連覇を達成します。

1997年にミズノに入社すると、翌1998年には父親の重信氏が持っていた日本記録を更新。2000年には80メートルスローワーの仲間入りをします。2003年には当時世界歴代3位となる84m86を記録すると、2004年のアテネオリンピックでは82m91を記録。一時は銀メダルとなりますが、優勝した選手がドーピング違反で失格となったため、繰り上がりで金メダルを獲得しました。陸上の投てき種目でのオリンピック金メダル獲得は、アジア人史上初の快挙でした。

(C)Getty Images

2008年の北京大会では5位に終わりましたが、2012年のロンドン大会では銅メダルを獲得し、健在ぶりを見せつけました。日本選手権では1995年から2014年まで、実に20連覇を達成。“鉄人”の異名にふさわしい実績を残しました。しかし2015年の同大会を欠場すると、2016年は64m74で12位に。「高みを目指すのには体力の限界を感じています。一つの区切りとして、今後はないです」。そう語り、第一線から退くことを表明しました。

アスリートとしての役割は終えましたが、“鉄人”は今もなお戦っています。2020年東京オリンピック・パラリンピックを成功に導くため、そして世界で活躍する日本人アスリートをもっともっと増やすために、室伏氏の挑戦はこれからも続くのです。

コラム一覧に戻る

トピックス

トップへ戻る