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車いすバスケのレジェンド、パトリック・アンダーソンが見せたもう一つの才能と?

2019年7月17日 12:00配信

WOWOWのパラリンピック・ドキュメンタリー・シリーズ「WHO I AM」発のスポーツイベント「ノーバリアゲームズ」が6月1日、「日比谷音楽祭」が開催中の東京・日比谷公園内で行われ、パラリンピック・車いすバスケットボールで3つの金メダルを獲得したパトリック・アンダーソン選手(カナダ)をはじめ、東京パラリンピック大会での活躍を期待されるパラアスリートが勢揃いした。

これは年齢、性別、国籍、障害の有無を問わず、多様な参加者たちがスポーツの楽しさを感じられるユニバーサルイベントで、車いすフェンシングの金メダリスト、ベアトリーチェ・ヴィオ選手とその家族がイタリア国内で開催しているスポーツイベントに着想を得たものだという。

アルペンスキー・パラリンピックメダリストの森井大輝選手、水泳パラリンピックメダリスト木村敬一選手、プロゴルファー、東尾理子、シドニーオリンピック競泳日本代表の萩原智子氏、総合格闘家・髙阪剛選手、サッカー元日本代表で現・日本障がい者サッカー連盟会長の北澤豪氏らが4つのチームに分かれて、5種目のゲームに挑戦した。

種目は音楽でリズムを取って掛け声を合わせるもの、敵チームによる水風船や水鉄砲の“攻撃”をすり抜け、ゴールを目指す徒競走などレクリエーション要素が強いものばかりだが、子供から大人までが真剣勝負で楽しんでいたのが印象的だった。中でも、アンダーソン選手はその存在感を放った。

「車イスバスケ界のマイケル・ジョーダン」と評される39歳のレジェンドは少し戸惑った様子も見せながらも、チームを見事に優勝に導き、勝負強さを見せていた。「正直言うと、何がなんだか分からなかったよ。でも、勝ったことは分かったけどね」と余裕の笑み。

9歳の時に交通事故で両膝下を切断。翌年に車いすバスケに出会い、才能を開花。1997年にカナダ代表チーム入りすると、00年シドニー大会、04年アテネ大会で金メダル、08年の北京大会では銀メダルをもたらした。その後は、音楽活動のために選手活動を休止。11年に復帰を果たし、12年のロンドン大会では、3度の金メダルを獲得して、2度目の休止。アンダーソン不在の16年のリオ大会では、12か国中11位と惨敗したことから、3度目の復帰を果たし、20年東京大会は“年齢的に最後の大舞台”と意気込んでいる。

アンダーソン選手が、車いすバスケと同じように力を入れているのが音楽だ。カナダでは2014年に妻のアンナさんとアコースティック・デュオ「The Lay Awakes」を結成し、これまで2枚のCDを発表し、ネット配信もしている。「音楽は障害があろうがなかろうと、できるもの。音楽にはバリアはありません。偉大なミュージシャンには障害者もいます。レイ・チャールズ、スティービー・ワンダーもそう。そして、パトリック・アンダーソンもいますよ」と茶目っ気たっぷりに話し、盛大な拍手を浴びていた。

野外特設ステージでは「WHO I AM」シリーズの音楽、平昌オリンピック開会式&閉会式の音楽監督を務めた梁邦彦氏率いるスペシャルバンドとコラボ。最新アルバムから「All in The Cards」とスタンダードソング「カントリーロード」の2曲を演奏し、甘い歌声とアコースティック・ギターで観客を魅了した。この新曲はアンナさんが作ったもので、「勝っても、負けても、前に進むが大事」というメッセージ・ソングだという。

「今日はとっても楽しい日でした。僕はカナダで障害がある人、ない人ともにバスケを楽しんできましたが、時には激しくぶつかりあうこともあります。それがきっかけで強くなったこともありました。小さい頃から、リスクを恐れず、チャレンジをすることを両親から言われてきた。子どもたちがチャレンジできることが大事。いろんな危ないこともあるけど、また立ち上がればいいんです。やりたい、やってみたいと思う子どもたちに可能性を広げてあげたい。こういうイベントがあったらいいと思うし、来年、(東京パラリンピック)で皆さんと会えることが楽しみです」とアンダーソン選手。レジェンドは4つ目の金メダルを狙っている。

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