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スポーツクライミングの代表となった楢崎智亜 世界王者として “金”を目指す

2019年11月20日 19:00配信

東京オリンピックで新種目として採用されたスポーツクライミングの日本代表選手の一人が決まった。男子の代表選手となった楢崎智亜が出場権を獲得するまで歩んできた道は、どのようなものだったのだろうか――

(文=篠幸彦)

(C)Getty Images

兄の影響で始めたスポーツクライミング 世界戦2冠で一躍日本のエースに

 東京オリンピックの新種目として注目を集めるスポーツクライミング。その男子日本代表の1人目が楢崎智亜に決定した。選考大会となった8月に開催されたIFSCクライミング世界選手権2019で、楢崎はボルダリング、コンバイドの2種目で金メダルを獲得し、来年の東京オリンピックでも金メダルの最有力と期待される“イケメン”クライマーだ。

 現在23歳の楢崎がスポーツクライミングと出会ったのは小学4年生の頃、近所のジムでクライミングをやっていた兄の影響で一緒にジムに通うようになったという。幼稚園の頃から器械体操をやっていた楢崎はその高い身体能力を生かしながら、全身を使って登るクライミングの魅力にあっという間に引き込まれていった。

 高校卒業後にプロクライマーへと転向し、弟の明智と一緒に“イケメン兄弟”クライマーとして注目されるようになった。そんな楢崎の転機となったのは2016年、20歳の頃だった。楢崎はボルダリングW杯第3戦で初優勝を遂げ、その後3戦連続で2位を獲得。最終第7戦で再び優勝すると、日本人男子で初となる年間総合優勝を果たした。そして、翌月に開催された世界選手権パリ大会のボルダリング種目で優勝し、ボルダリングで2冠という日本人初の快挙を達成した。このとき、楢崎はまだ国内タイトルすら獲得したことがなく、まさにシンデレラボーイとなった。

 さらにこの年の8月、スポーツクライミングが東京オリンピックの追加種目になることが決定し、世間やメディアからの注目度は飛躍的に上がった。そんなタイミングで世界王者となった楢崎は、日本のエースとして活躍が期待される存在となった。

プレッシャーを乗り越えて代表権を獲得 自信を手にして最初の金メダリストへ

 世界王者として迎えた2017年シーズン。それまで挑戦者として戦えた楢崎は一気に追われる立場となり、そのプレッシャーに苦しんだ。シーズン初めのボルダリングジャパンカップでは準決勝で敗退し、ボルダリングW杯第1戦では2年ぶりに予選敗退となった。勝って当たり前というプレッシャーは想像以上に楢崎の歯車を狂わせていた。それでも年間総合2位となったのは、楢崎の実力がフロックではないことを証明していた。

 2018年は世界選手権開催のシーズン。楢崎はボルダリング連覇と、東京オリンピックでも採用されるコンバインド種目の初代王者を狙っていた。しかし、ボルダリングは準決勝敗退、コンバインドは5位と目標には到底及ばなかった。楢崎にはさらなる進化が求められていた。

 2019年は、東京オリンピックの選考会が行われる重要なシーズンだった。とくに最初の内定者が決まる8月の世界選手権八王子大会は、すべての選手にとって最重要となった。そんなシーズンで楢崎は、2016年以来のボルダリングW杯の年間総合優勝に返り咲いた。

 自信を取り戻して臨んだ世界選手権八王子大会で、まずはボルダリング単種目のタイトルを奪還。さらにコンバインドでもスピードで2位、ボルダリングで1位、リードで2位と3種ともに好成績を収め、圧倒的な強さで金メダルを獲得し東京オリンピック代表内定もつかみ取った。

 来年の東京オリンピックでも採用されるコンバインド種目で、「感覚的に優勝できると思ったなかでの優勝でした」と、大きな自信を手にした。楢崎は大会本番までの残り10カ月でさらに磨きをかけ、スポーツクライミング競技にとって最初のオリンピックで金メダルを目指す。

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