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東京五輪2020

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1964年の東京五輪が残した功績 日本に多くのスポーツが定着して観戦文化も根付く

2020年2月19日 13:00配信

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近年の日本では、多くのスポーツで盛り上がる場面が見られるようになった。それは1964年に開催された東京オリンピックがきっかけだという。そのときは小学生だったジャーナリストの後藤健生が、1964年大会が残した功績を振り返る。

(文=後藤健生)

(C)Getty Images

2019年はさまざまなスポーツが大盛況 スポーツ観戦文化が根付いている日本

 2019年の秋、日本列島はラグビー・ワールドカップの熱戦に酔いしれた。

 僕も3試合を観戦した。ラグビーというと、これまで日本人にそれほど馴染みのある競技ではなかったが、各地のスタジアムはいわゆる「にわかファン」で埋め尽くされており、日本代表の試合ではなくても、人々は大声を上げて楽しんでいた。

 僕は、その光景を見て「日本という国にはスポーツ観戦文化がすでに根付いているのだ」ということを実感した。

 ラグビー・ワールドカップだけではない。2019年は他のスポーツも盛況だった。プロ野球はセ・パ両リーグの全試合平均観客数が1試合平均で3万人を超え、サッカーでもJ1リーグの平均観客数が2万人に達した。ともに、「史上初」の出来事である。そして、バスケットボールでもBリーグが盛り上がった。日本人は多くの競技を楽しんでいるのだ。

1964年に開催された東京五輪の当時 多くの外国人選手が日本人の心をとらえた

 今から56年前、1964年東京オリンピックでの当時の状況は全く違った。当時の一般の日本人にとって「スポーツ観戦」といえばプロ野球か大相撲、せいぜいプロボクシングしか思い浮かばなかった。

 当時、僕は東京新宿区の公立小学校に通っていた。そして、開会式の翌日の10月11日に僕たちはオリンピック見学のために国立競技場に連れていかれた。種目はサッカーの予選リーグ、ハンガリー対モロッコ戦だった。

 サッカーだったのには理由がある。第二次世界大戦後、日本サッカーは弱体化してしまい、当時はマイナースポーツの一つでしかなかったのだ。試合は7万人超を収容する国立競技場で行われるというのに、日本戦ですら入場券は一向に売れなかった。そこで、都内の小学生、中学生、高校生が団体で見学に連れていかれたのだ。

 男の子たちもサッカーのことをほとんど知らなかった。見学の前にはルール紹介の小冊子が配布されたが、そこにはこう記されてあった。

「試合中は、選手達の妨げにならないように静かに観戦しましょう……」

 東京オリンピックが始まると人々はテレビの前に釘付けとなり、世界にはさまざまなスポーツがあって、それぞれとても魅力的だということを知った。柔道無差別級で優勝したヘーシンク(オランダ)、体操の女王チャスラフスカ(旧チェコスロバキア)、マラソンのアベベ(エチオピア)など外国人選手たちは日本人の心をとらえた。

1964年の東京五輪をきっかけに多くのスポーツが定着 新たなヒーローが誕生する

 サッカー見学に連れていかれた少年たちは、それほど熱心に試合を見ていたわけではなかったが、なぜかサッカーというスポーツに心を奪われ、休み時間には校庭で(時には教室前の廊下で)夢中になってボールを蹴るようになった。そのおかげで(?)、日本人選手のレベルも次第に上がり、30年ほど経過した1993年にはJリーグが発足。今では日本人選手がヨーロッパの強豪クラブで何人も活躍するようになったが、1964年にはそんなことは誰も想像すらできなかった。2020年大会ではサッカー日本代表の試合のチケットの入手は困難を極めるだろう。

 こうして、1964年の東京オリンピックがきっかけとなって多くのスポーツが日本にも定着。日本にスポーツ観戦文化が根付いていった。

 2020年大会でも日本人はまだ見たことのない多くの競技と出会い、また新たなスポーツの魅力を発見し、スポーツ文化はさらに進化することだろう。そして、2020年大会を観戦した少年たちの中から、日本のスポーツ界を背負って立つ新たなヒーローが出現するのだろう。

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