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東京五輪2020

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東京五輪モラトリアム 瀬戸大也が復活を待ち望む前回大会王者の萩野公介

2020年5月6日 15:00配信

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 新型コロナウイルス感染が世界的に拡大したことで、東京オリンピックが1年後に延期されることになった。それを受けて直前に予定されていた各競技の選考会も延期された。1年後に延期されたことで、出場が厳しかった選手はチャンスを得たと言うことができる。リオデジャネイロオリンピックの水泳で金メダルを獲得した萩野公介もその1人と言えるだろう。

(C)Getty Images

(文=佐藤俊)

リオデジャネイロ五輪王者が不調に 東京五輪1年前にまさかの休養宣言

 東京オリンピックの1年延期――

 萩野公介にとっては、大きなモラトリアムになっただろう。そして、400メートル個人メドレー、200メートル個人メドレーで東京オリンピックの代表選手に名乗りを上げた瀬戸大也も、この1年での萩野の復活を心待ちにしているはずだ。

 萩野は、リオデジャネイロオリンピック男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得。今年に開催される予定だった東京オリンピックで連覇という目標に向けて、歩みを続けていた。だが、2019年3月に突然の休養宣言。水泳の表舞台から消えてしまった。東京オリンピックを1年前にしての前回王者休養宣言は、日本国内のファンだけではなく世界の水泳界も驚かせた。

 萩野に何が起こったのか――

 事の発端は、古傷だった。リオデジャネイロオリンピック前から痛めていた右ひじを前回大会後の9月に手術した。無事に終わりプールに戻ったが、違和感がぬぐえなかった。水泳選手はそれこそ指の先から足の先まで連動して動くことが求められ、まるで精密機械のようにそれぞれのパーツの精度が高い。小さな歪が、100分の1秒に影響するのだ。練習はしっかりとできているのに、レースでは自分の泳ぎができずタイムが出ない。そのギャップが、さらに萩野を悩みの淵に追い込んだ。

 そして、萩野を絶望の底に追いやる決定的なことが起きた。

2019年2月に行われたコナミオープンで400メートル個人メドレーのタイムは、4分23秒66に終わった。自己ベストから17秒も遅いタイムに、萩野は会場で茫然とした表情を見せた。全体の7位で決勝になんとか進出したが、萩野は棄権しここから姿を消すことになった。

 実は、萩野の不安定な状況は、2017年の世界選手権のときにすでに見えていた。

 リオデジャネイロオリンピックで3位になった800メートルリレーだが、その大会では第1泳者の萩野が大きく出遅れて5位に終わった。サブプールで失意の底に沈んだ萩野に瀬戸は、「公介、こういうときこそ笑えよ。元気を出せよ」と声をかけた。すると、萩野はその場で泣き崩れた。その姿を見た瀬戸も驚きを隠せなかった。

「びっくりしました。今まで涙とか見せたことはなかったし、あそこまで感情を表に出したのは初めてだった。それだけ辛かったんだろうなと思うし、その姿を見て僕も泣きそうになりました」

 このときから萩野の内部的な崩壊が静かに進んでいたのだろう。

新たなスタートライン立ったものの復調には遠い 1年延期でチャンスを得る

 2019年3月、萩野は休養宣言をして東京オリンピック1年前の日本選手権を欠場。代表メンバーからも外れ、水泳から離れた。ドイツとギリシャを旅し、1人になって自分を見直す時間を作った。一時は水泳をやめることも考えていたが、それから3カ月が経過し自ら下した決断は新たなスタートラインにつくということだった。

 瀬戸は、その決断を当然のように思っていた。

「公介が戻ってくると信じていたんで」

 萩野は自分の水泳を取り戻すべくハードな練習に励み、8月のFINAスイミングワールドカップでレースに復帰。200メートル個人メドレーで3位に入った。

 萩野は多くの仲間に「おかえり」と言われたという。そして、東京オリンピックへの気持ちを改めて口にした。

「ちょっとずつ泳げるようになり、純粋に競技を楽しめている。本来、水泳はそういうもの。一度リセットしてフラットに物事を考えたら、できないことがあっても良いんじゃないかと考えられるようになった。オリンピックは一番大きな存在で情熱が変わることはないです」

 しかし、その後も調子の波が上下に振れた。

 2020年1月24日、「KOSUKE KITAJIMA CUP2020」の200メートル自由形に出場したが、10人中10位という成績に終わった。翌25日は400メートル個人メドレーを体調不良で棄権した。2月16日、コナミオープンの400メートル個人メドレーでは、4分20秒42と自身のベストから14秒も遅いタイムで4位に終わった。東京オリンピックの出場がかかる日本選手権前の最後のレースでの不調に平井コーチもさすがに苦い表情を浮かべ、「練習と全然違う。焦ってしまっている。このままだと相当厳しい」と語った。

「このタイムは悔しいし、情けないです」

 萩野は、緊張の糸が切れたように淡々とそう言った。だが、翌日の200メートル個人メドレーでは、1分59秒23で2位に入った。東京オリンピックの派遣標準記録(1分57秒98)より1秒25も遅い低調なタイムだったが、全力で泳いだ萩野の表情には何かしらの手応えを得たような明るさがあった。実際、「最後は競り負けたけど、返ってくるものはすごく良いものがあると思う」と、前向きな言葉を口にした。それでも完全復活には、まだほど遠い状態だった。

 日本選手権で萩野は3種目にエントリーすることが発表された。

 萩野は本当に大丈夫なのか――

 そんな声が大きくなるなか、新型コロナウィルスが日本国内に蔓延し、今年の日本選手権は延期が決定。東京オリンピック選考会となる日本選手権は来年4月に開催される予定となった。

 萩野にとっては神風が吹いたと言える。もし、あのまま日本選手権に突入していれば、400メートル個人メドレーも200メートル個人メドレーも東京オリンピックの出場権を得るのは厳しかっただろう。だが、1年延びたことで再調整できる。先を行くライバルであり、友人の瀬戸の背中を追えるチャンスを得たのだ。

 瀬戸は、萩野が苦しんでいるときにこう言っていた。

「僕は公介から水泳へのストイックさを学んだ。あいつのプロ意識はすごいし、僕はそこを見習わないといけない。へこんでいても必ず戻ってくるでしょう。強い公介と、またオリンピックの舞台で戦いと思っています」

 来年4月、萩野は瀬戸の思いに応えられるだろうか。

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