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1年延期で看護師ボクサーにチャンス再来 「私が一番伸びしろがある」

2020年7月29日 13:05配信

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東京オリンピックへの夢が断たれたボクサーが本業の看護師として従事している間に、再びチャンスが巡ってくることになった。看護師とアスリート、二足のわらじを履く津端ありさのシンデレラストーリーが再び始まった。(文・写真=善理俊哉)

(C)Shunya Seri

五輪出場チャンスを得たシンデレラガールも…… 実力不足を痛感した予選

 およそ半世紀ぶりの東京オリンピックイヤーが新型コロナウイルスの感染拡大により1年間の延期を余儀なくされたなかで、注目度を大きく高めたアスリートがいる。ボクシングの女子75キロ級(ミドル級)で東京オリンピックのアジア・オセアニア予選に出場した津端ありさは西埼玉中央病院に勤め、この3カ月間は看護師としての仕事に追われてきた。

 タヒチ出身の亡き母に似た彫りが深い顔立ち、日本人女性の平均を大きく上回る171センチの長身が津端の特徴で、母親の影響なのか和食よりもピーナッツバターやジャムを塗ったトーストが昔からの大好物と照れ笑いを見せた。そのせいか、一時期の体重は85キロまで上昇。ダイエットのために通い始めたのがボクシングジムだった。

 津端はボクシングを「汗のかきやすいスポーツ」だと感じてのめり込み、順調に体重を落とした。その後、スキルアップの成果を試そうと公式戦に出場。昨年10月の全日本選手権で優勝したことから、津端は東京オリンピックの国内代表権も手にした。これには本人も驚きを隠せなかったようで、「選考会を踏まえていることすらよくわかっていなかったので、『年明けにカザフスタン合宿が組まれている』と告げられても、仕事のシフトが組まれていると断らざるを得なかった」と、苦笑いで振り返る。

 しかし、よくよく考え直さなくても、東京オリンピックは千載一遇のチャンス。同僚にシフト代行の協力を得られると、津端は覚悟を決めてカザフスタンへ飛んだ。

「合宿は地獄のような試練でした。現地ナショナルチームとの合同合宿だったんですけど、カザフスタンには私と同じ体重の選手が少なくないし、強くて実戦練習をやるたびに心が折れそうになる。でも、今の自分が張り合えるとしたら根性だけだと思って苦しさを顔に出さないようにしていたら、帰国する頃にはパンチをもらいながらでも前に出ていけるようになれました」

 ある程度の成果を得て臨んだ3月のアジア・オセアニア予選だったが、時期尚早といえる初戦敗退。体重も69キロの下限ギリギリであったことから、日本ボクシング連盟は安全性を踏まえて2カ月後の世界最終予選への派遣は行わない決定を津端に告げた。

1年の延期により再びチャンスが舞い降りる 「絶対に生かしてメダルをつかむ」

 それから津端は職場に復帰。時を同じくして新型コロナウイルスの感染拡大が懸念され、緊急事態宣言が発令され、津端は多忙を極めた職場で看護師として日々に追われていた。それでもボクシングへの情熱は冷めることなく病院の体育館で自主トレを続けていると、その“戦う姿勢”が注目されるようになった。それについても津端は「たまたま職業が看護師だっただけです」と照れくさい様子で言うが、メディアで特集された翌日に院内ですれ違う患者から、「頑張ってください」と声をかけられるようになったことに励みを感じているという。本職の看護師としてだけでなくボクサーとしての自分も、患者に気力を与えることにモチベーションを感じるようだ。

 東京オリンピックは1年後に延期となり、ボクシングの世界最終予選も来年5〜6月まで延期になることが決まった。それと同時に日本ボクシング連盟は、津端の予選派遣を「今後の全日本合宿での内容次第で再検討する」と変更した。

 1年の延期により失ったチャンスを再び得た津端は、すでに前を向いて走り出している。

「この半年間は外国人選手の強さだけではなく、他の階級の日本代表からも“戦うメンタル”がどんなものかを学ばされる繰り返しでした。裏を返せば、私が一番伸びしろがある。1年延期のチャンスを絶対に生かして、オリンピックのメダルをつかめるように頑張ります」

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