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東京五輪2020

アスリートインタビュー

田中健太、52年ぶり五輪出場のホッケー日本代表エースが、30歳で海外へ飛び出た想い

2019年7月2日 12:00配信

2018年、ホッケーの男子日本代表が新たな歴史をつくった。インドネシア・ジャカルタで行われたアジア大会で初めての優勝を果たしたのだ。同年5月、実績を加味した「開催国枠」で、1968年のメキシコ大会以来、52年ぶりのオリンピック出場権を得ていたホッケー日本代表だったが、大陸予選を兼ねたアジア大会で優勝したことで、自力出場の実力があることを証明してみせた。

この快挙を機に、新たな挑戦の一歩を踏み出した選手がいる。日本の中心選手として長年エースとして活躍してきた田中健太がその人だ。30歳にして世界に挑み、東京2020オリンピックでの飛躍を誓う田中選手に話を聞いた。

(取材・構成=大塚一樹)

©Getty Images

ホッケーの第一人者・田中健太が選んだ新たなキャリア

ホッケーといえば、オリンピック5大会連続出場を誇る女子代表「さくらジャパン」が有名だろう。男子の「サムライジャパン」は、長らく予選突破がかなわずにオリンピック出場を逃してきた。自国開催の2020年への出場が「開催国枠」によって決まった2018年、日本のホッケー界を揺るがすような出来事が起こる。オリンピック大陸予選を兼ねたアジア大会で、日本代表がマレーシアをシュートアウトの末に下し初優勝を果たしたのだ。

「一般の人の注目度もそうですけど、ホッケー関係者でさえ日本が優勝すると思っていた人は誰もいないと思うんですよ。それくらい難しいと思われていたことをやったというのは自信になりました」

日本代表のエースFW田中健太選手は、チームの快挙をこう振り返った。アジア大会優勝の立役者は、オリンピック出場権を得た直後から、ある決心のもと行動を開始していた。

「ホッケーでオリンピックに出場するというのが、僕の小さい頃からの夢でした。開催国枠で出場が決まって、あらためて思ったことは、『どうせ出るなら本気でメダルを狙いたい』ということでした。じゃあどうすればメダルを目指せるのか? その答えが海外への移籍でした」

日本では公務員として働きながら競技を続けていた田中選手。安定した職を捨て世界最高峰のオランダリーグへ。30歳、プロホッケー選手としての挑戦を決断したのだ。

「いまの環境だとメダル獲得は達成できない。さらに高いレベルでやらなければという気持ちが強かったです。ホッケーの本場であるオランダで自分がどれだけできるか試してみたかったし、厳しい環境で成長したかった」

オランダリーグは世界各国の代表選手が集う最高峰のリーグだ。田中選手は2018年6月、1部リーグのHGCに移籍を果たした。

©Getty Images

公務員からオランダでプロホッケー選手に 世界に飛び出してわかったこと

――日本では和歌山県庁に勤務しながらホッケー選手としてプレーしていました。公務員という安定した職を捨ててプロになることへの不安はありませんでしたか?

「正直怖かったです。公務員をやめてプロとして生活できるのかという不安は大きかったです。日本人からしたら“ホッケーのプロ選手”がどういうものなのか、どんな生活をしているのかというのがまったく想像もつかない話なんです。それにホッケー選手として30歳は決して若いとはいえませんよね。自分が飛び込んでみて初めてわかったことがたくさんあります。オランダに来る前は不安が大きかったですが、来てみたら『なんとかなる』と思えることの方が多かったですね」

――所属チームでもコンスタントに出場機会を得て、得点を挙げるなど活躍もしています。

「各国の代表選手、スター選手が集まっているので、とにかくでかくて、強くて、速い選手ばかりですが、そのなかでも自分の速さ、スピードの部分や技術では負けていないという手応えは感じています。不安はあったけど、いざ飛び込んでみたら意外に『案外こんなものか』と思えたのは自分の中でも驚きでした。30歳という年齢もプロ生活のスタートとしては遅いかもしれませんが、自分としては今がベストだと思っていますし、そこまで気にしていません。オランダに来なければこういうこともわからなかったし、チャレンジしたことはすごく良かったなと思います」

――オリンピック出場がオランダ移籍の大きなきっかけだったということですが、過去にも海外、プロに挑戦しようというタイミングはあったんですか?

「日本代表に初めて選ばれた頃、大学1年生くらいから海外でプレーしてみたいという気持ちはありました。実は北京オリンピックの予選が終わった頃、大学4年生のときにドイツのプロリーグからオファーがあったんです。そのときちょうど、就職活動もしていて、プロか就職かすごく悩んだんです。そのときは今よりもっとプロホッケー選手がどういうものなのか想像できなくて、やっぱり自分の中で安定を取った。踏み出す勇気がなかったんですね。そのとき行くチャンスがあったのに行けなかったことはそのあとずっとモヤモヤとして残っていました。だから今回、オリンピック出場を機に長年のモヤモヤが吹っ切れたという気持ちもあります」

――やっぱりあのとき行っていればよかったという気持ちはありますか?

「正直に言ってありますね。でも、社会人を経験した上で、今のタイミングでプロとしてオランダに来られたこともすごく意味のあることだなと思っています。どっちが良かったのかわかりませんが、若い選手たちに言えることがあるとすれば、海外挑戦するのは早いに越したことがないということです」

©HGC

――オランダに渡るというのは生活面でも大きな変化だと思います。

「そうですね。ホッケー漬けというか、ホッケーのことだけを考えて、ホッケー中心に生活が回っていく感じですね。公務員をやっていたときももちろん集中はしていましたが、合宿中に仕事のことが気になったりというのは正直ありました。そういうのが一切なくなって純粋にホッケーのことだけ考えていられるというのが大きな変化ですね」

――練習時間も増えましたか?

「試合が金曜日か日曜日にあって、練習は週4回か5回。チーム自体の練習量は変わらないかもしれませんが、それ以外の時間もウェイトトレーニングとか、自分のトレーニングを行えるので、練習時間は増えていますね」

――他競技の例を見ても、オランダは合理的な考え方をするトレーニング先進国のイメージがあります。

「こっちに来て驚いたのは、ほとんど同じ練習をしないということですね。これまでは、反復練習というか、同じメニューを繰り返しやることに慣れていたのですが、オランダでは試合で見えた課題を次の週にいろんな形で改善するためのトレーニングをしている印象です。そこは大きく違うかなと思います」

――日常生活はどうですか?

「一番心配していたのは、食事の部分でした。僕、かなりお米が好きなので、お米食べられなかったらきついなと思ったんです。でも、3カ月くらい生活して思ったのは、意外にパンとかパスタでもいけるなということでした(笑)。今は炊飯器を買ってお米も食べられるようにしたんですけど、パンとパスタでもなんとかなるもんだなと」

――言葉の問題はどうですか?

「僕のチームはオランダ人が大多数を占めていますが、海外から来ている選手もいるので、ミーティングは英語で行います。英語も全然得意じゃないんですが、リスニングくらいはできるのでなんとかなっています。ただ、自分の言いたいことを伝えられないのというのはプレーのコミュニケーションにも影響があるので、それは課題ですね。日常生活も英語が通じるので、オランダ語がわからないと、ということはありませんね。生活とか文化、常識の違いをもっと感じるかなと思っていたのですが、意外に感じてないですね。ただ、チームメイトは年下がほとんどなのに、自分にもバンバン意見は言ってきますね。そこは日本人とは違うところです」

©HGC

目標はオリンピックのメダル 「意識」が快挙の実現の鍵になる

――今オランダで挑戦していること、日本代表にどう還元したいと考えていますか?

「アジア大会で優勝したときもすごく感じたのですが、意識がすごく大切だなと。日本代表が結果を残せるようになったのは、選手全員の意識の面が変わったのがすごく大きいと思っています。オリンピックが自国である、自分たちも出られるかもしれないと思ったときにそこに向かう意識が高まっていったということがあると思うんですね。ただ、オリンピックでメダルを目指すとなると、自分も含めてまだまだ意識が低いところがあるんじゃないかと思っています。オランダでは、自分たちより体が大きくて、強くて、速い選手たちがさらに努力をして自分を高めています。それを目の当たりにして、彼らに勝とうと思ったら、あれ以上の努力をしないと絶対に追いつけないと実感しました。日本代表チーム全体、全員がさらに意識を高めていかないと勝てないと思っています。その部分は伝えていきたいと思っています」

――オリンピックでの目標は?

「メダルを目標にというのはずっと言ってきたし、目指したいところです。根底にあるのは、日本でホッケーをメジャーにしたい、いろんな人に知ってもらいたいということなんですね。そのためのチャンスが東京オリンピックであり、そこでの活躍じゃないかと思っています。オランダは、やっぱりホッケー人気がすごいんですよ。自分のクラブのすぐ近くにもホッケークラブがあって、ホッケーグラウンドが5面もある施設が点在しているんです。街にはホッケーのスティックを担いだ子どもたちがたくさんいますし、ホッケー人口が多いというのを肌で感じられます。日本では考えられない恵まれた環境がオランダにはあります」

――現時点でメダルについての手応えはどれくらいあるでしょう?

「個人的にオランダでもスピードを筆頭に負けていないと思える部分はたくさんありました。日本人選手の特長であるスピードや技術を活かして、ポゼッションを高めてプレーできれば、可能性はゼロではないと思います」

――いまはオランダで活躍されていますが、今後のキャリアについてはどんなプランをお持ちですか?

「オランダに来る前は、オリンピックでキャリアを終えようかなと考えていたのですが、プロとしてプレーする中で、できるところまでやりたいという気持ちが芽生えてきました。今はオリンピックが終わってもプロとして求められるところがあれば、オランダに限らずホッケープレーヤーとして生活をしたいなと思っています」

©Getty Images

<了>

[PROFILE]

田中健太(たなか・けんた)

1988年生まれ、滋賀県出身。立命館大学を卒業後、和歌山県庁スポーツ課で働く傍ら、箕島ホッケークラブでプレーする。2018年6月、HGCへ移籍。日本人男子として初めてとなるオランダ1部リーグプレーヤーとなる。日本代表では2018年アジア大会において初優勝する原動力となった。2020年、開催国での出場が決まっている日本代表のエースとしての活躍が期待される。

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