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東京五輪2020

アスリートインタビュー

東莉央・晟良、フェンシングで東京五輪を目指す姉妹それぞれの想い

2019年7月29日 10:00配信

現在、日本フェンシング協会の会長を務め、次々と改革を打ち出す太田雄貴氏が銀メダルをもたらした2008年の北京オリンピック以降、フェンシングは急激に注目を集めるスポーツになった。ロンドン大会ではフルーレ団体で銀メダルを獲得し、国内でも選手強化、育成が進んでいる。

リオデジャネイロ大会ではメダルゼロに終わったが、東京2020大会では男女ともに若手有望株が数多くいる。中でも10代から世界を舞台に結果を残し、注目を集めているのが姉・莉央(りお)、妹・晟良(せら)の東姉妹だ。切磋琢磨しながら東京2020オリンピック出場を目指す20歳と19歳の姉妹に話を聞いた。

(取材・構成=VICTORY編集部)

©UZA

東京2020オリンピック出場を目指すフェンシングの姉妹アスリート

LEDを用いた演出や、日本一決定戦である全日本選手権を普段はミュージカルなどが上演されている東京グローブ座で行うなど積極的な“改革”で注目を集める日本フェンシング界だが、話題性だけではなく選手の実力も向上している。若手の注目株筆頭といわれているのが、2016年の全日本選手権、個人フルーレで高校生ながら準優勝を果たした東莉央と、翌年同種目で優勝、2018年には連覇を達成した現女王、東晟良だ。

2人がフェンシングに出会ったのは小学校の時。現状、日本では子どもが触れることが少ない競技、フェンシングとの出会いのきっかけは“母”にあった。

東莉央(以下、莉央)「お母さんがフェンシングをやっていたんです。やっていたんですけど、小さいころからフェンシングを知っていたかといわれると全然そんなことなくて。メダルとかトロフィーが家にあって、『これ何?』みたいな感じで聞いて、『フェンシング』という言葉は知っていた、っていう感じですね。トロフィーの先にフェンシングをやっている格好の像がついていて、それでこういう感じかなっていうのが頭にあっただけですね」

東晟良(以下、晟良)「私も同じで、『お母さんすごいな』とは思ってたんですけど、フェンシング自体に興味がなかったというか、興味を示す感じもなくて。試合も見たことがなかったし、フェンシグがどんなことをするスポーツなのかまったく知らなかったですね」

そんな2人がフェンシングへのファーストコンタクトを果たすのは、莉央が小学校5年生、晟良が小学校4年生の時のことだった。

莉央「車に乗っていたらお母さんがいきなり『これから自分の恩師に久しぶりに会いに行こうかなぁ』って言って。その恩師というのが母にフェンシングを教えてくれた人で、あいさつがてら見学しに行くという話になって」

晟良「そこですぐ『やってみたい!』ってなったんですけど、いま考えると、(地元の)和歌山のフェンシング人口ってたぶんすごく少ないじゃないですか。先生も一回入ってきたら簡単にはやめさせたくないみたいなのがあったと思うんですよ。見学に行って興味を示したらそのままやらされてたっていう(笑)」

姉・莉央 ©UZA

フェンシング経験者の母の存在

インターハイに出場するなど競技をしていた母親の影響でフェンシングを始めた莉央と晟良。きっかけとなった見学が、お母さんと恩師の“策略”だったのかは知る由もないが、少なくとも母からフェンシングをやってほしいと頼まれたことも強制されたこともなかったそうだ。

始めて1年半、2011年には、国際ケーニヒ杯・小学生の部で、晟良が優勝、莉央が準優勝。翌年には、同年代日本一を決める全国少年フェンシング大会・中学生の部で、莉央が優勝、晟良が準優勝を果たす。メキメキと頭角を現した姉妹を支えたのはやはり母のサポートだった。

莉央「お母さんがフェンシング経験者だからアドバイスをもらえたというのはありますね。中学生になると、地元の和歌山から京都とか、大会会場が遠方になることもあったんですけど、常に試合会場に連れて行ってくれて、応援してくれて、そういうサポートはいつもしてもらっていました」

晟良「実家に住んでいたころは、ご飯を食べているときもフェンシングの話、日常会話が全部フェンシングでしたね」

――過去のインタビューで「お母さんが諦めた夢をかなえたい」と言われていましたが、フェンシングを続けるモチベーションの一つにお母さんの存在がある?

莉央「もちろんそういう気持ちはありますけど、毎日それを考えているわけじゃないです。誰かに聞かれて、そういった気持ちを思い出す感じです」

晟良「私はフェンシングを始めて1年も経たないうちにお母さんからフェンシングをやめたときの話を聞いて、『お母さんのためにオリンピックに行こう』って決めたんですよ。くじけそうになるときはその気持ちを思い出しています。負けが続いた時期とか、だめかもしれないと思ったときに、自分の目標を見失いそうになることもあるので」

妹・晟良 ©UZA

フェンシングとは……莉央「日常の中にあるもの」晟良「自分のすべて」

2人はいま、東京2020オリンピック出場を懸けたポイントレースのまっただ中にいる。2019年5月27日現在、国際大会をメインにした女子フルーレのランキングでは、晟良が1位、莉央が6位と、2人とも上位につけているが、女子フルーレは世界レベルの選手も多く、団体メンバーの4人に入るのも簡単ではない。

――オリンピック出場を懸けたポイントレース、代表争いが本格化していますが、どう戦っていきますか?

莉央「自分は今のところ安定して上位にいるというわけではないので高ポイントが狙える国際大会で上に食い込んでいけるようにしていきたいと思っています」

晟良「去年もアジア選手権と世界選手権に出ていて、ここまでは団体メンバー入りできているのですが、ほかの選手も強くなってきているので、いつメンバーから外されるかわかりません。オリンピックの前に、まず今年のワールドカップでメダルを取れるようにがんばりたいです」

――女子のフルーレは、今年の世界ジュニア・カデフェンシング選手権大会で日本代表チーム(東晟良、上野優佳、辻すみれ、狩野央梨沙)が準優勝、女子フルーレ種目初の団体メダルを獲得するなど、ライバルも増えてきています。

莉央「団体メンバーも平均年齢が低くて、若い選手がどんどん出てくるので、自分も若いうちにがんばらないといけないなと思っています。ベテランになれば知識や経験も増えると思うし、成長することは多いと思うのですが、反対に運動能力を維持するのが難しくなるということもあると思います。自分より若い世代が結果を残してきているので、いまががんばり時だと思っています」

晟良「自分も若いんですけど、自分よりもっと若い選手も出てきているので、負けたくない気持ちが強いですね。同世代、団体メンバーの活躍にも刺激を受けています」

――小学校5年生、4年生からフェンシングを続けてきて、自国開催のオリンピックがいよいよ来年に迫っています。お二人にとってフェンシング、オリンピックはどういう存在ですか?

莉央「ずっとやってきたので、フェンシングはいつも当たり前にそこにある、日常生活の一部という感じです。もちろん東京オリンピックは目標ですし、出場したいですけど、出場するためにはまず国際大会で結果を残さなければいけないので、今はオリンピックを意識するよりも一つひとつの大会に集中する方が大切かなと思っています」

晟良「自分はフェンシングを始めたときから腹をくくってじゃないですけど、『フェンシングしかない』と思ってここまでやってきました。勉強も得意じゃないし、今もフェンシングしかないと思って生きているので、フェンシングは自分のすべてですね。日本でオリンピックが開催されて、しかも選手として出場できるというチャンスは二度と来ないと思うので、絶対に出場できるようにがんばりたいです」

<了>

[PROFILE]

東莉央(あずま・りお)

1998年生まれ、和歌山県出身。日本体育大学体育学部。小学校5年のころからフェンシングを始め、1年半で国際ケーニヒ杯・小学生の部で準優勝。2012年、第25回全国少年フェンシング大会・中学生の部で優勝。2016年、インターハイで優勝、全日本選手権で準優勝。2018年、アジアジュニア選手権で銅メダルを獲得した。

[PROFILE]

東晟良(あずま・せら)

1999年生まれ、和歌山県出身。日本体育大学体育学部。小学校4年のころからフェンシングを始め、1年半で国際ケーニヒ杯・小学生の部で優勝。2012年、第25回全国少年フェンシング大会・中学生の部で準優勝。2016年、インターハイで準優勝、アジアジュニア・カデ選手権で金メダル獲得。2017年、18年、全日本選手権を連覇。2018年、アジア大会で女子フルーレ団体初の金メダル獲得、ワールドカップで銀メダル獲得。

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