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東京五輪2020

アスリートインタビュー

高橋和樹の“教科書”は東京パラで結実する。「2人」でつくり上げたボッチャとは?

2019年7月29日 10:00配信

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重度の脳性まひ、あるいは同程度の四肢機能障がいのある人がプレーするパラリンピック種目、ボッチャ。ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに、赤、青それぞれ6球ずつのボールを投球し、いかに近づけるかを競う競技だ。

強い決意を持ち、ボッチャでの東京2020パラリンピックの出場を目指しているのが、高橋和樹選手だ。全国大会に出場するほどの腕前を誇った柔道の事故で、高校生の時に頚椎(けいつい)を損傷し、四肢にまひを負った高橋選手。ボッチャでは、4つのカテゴリー(BC1〜4)のうち、障がいの程度が最も重いBC3クラスに属する。同クラスの選手は自己投球ができないため、アシスタントが付き、ランプと呼ばれる投球台を用いて競技に臨む。

現在は、アスリートとして企業に所属し、アシスタントの峠田(たおだ)佑志郎さんとトレーニングに打ち込む日々だ。そんな2人の関係性や、パラリンピックへの思い、そしてボッチャの醍醐味について伺った。

(取材・構成=吉田直人)

インパクト抜群のヘアスタイル

――ユニークな髪型がトレードマークですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

高橋 もともとは短髪だったんですよね。2014年にボッチャを始めて、2015年12月に日本選手権で優勝したころかな。当時働いていた職場の女性がマッシュルームヘアにして、周囲から「かわいい」と言われていて。その時に冗談で「俺もその髪型にしてもいい?」と言ったことをきっかけに、髪を伸ばしてマッシュルームヘッド風にして、翌年の世界選手権に出場しました。当時、BC3は韓国勢が強かったのですが、準優勝することができたんです。そうしたら表彰式の時に、観客が「マッシュルーム・ジャパン! コングラチュレーション!」と祝福してくれて。

 世界選手権で2位になったことで、リオ・パラリンピック(2016年)の出場が濃厚になり、仲間が応援会をつくってくれました。何か会員特典を、ということで、マッシュルームヘッドをした僕のイラスト入り缶バッジとキーホルダーを用意したので、髪型を変えられなくなってしまったんです(笑)。それと、この髪型で海外の試合に出ると、皆が覚えてくれるから、という理由もありますね。世界を目指す上でインパクトは大事だな、と。

――競技歴の浅い当時の高橋選手が突然、世界で2位になったのもインパクトが大きかったのではないでしょうか。ただ、リオ・パラリンピックの予選で敗れて以降、結果が出ない時期もありましたね。

高橋 世界選手権は勢いで勝ち上がっただけで、実力が不足していることは分かっていました。だから、東京2020を見据えた時に、環境を変える必要があると思ったんですね。当時の勤務先を退職して、現在の会社(株式会社フォーバル)にアスリートとして雇用していただくことになりました。アシスタントの峠田さんも覚悟を決めてくれ、今年の3月に特別支援学校の教員を辞めて、私の生活介助をしつつ、日々のトレーニングにより時間を割けるようになりました。最近になって少しずつ、結果を残せるようになってきたところです。

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時間をかけてつくり上げてきた戦術の“教科書”

――アシスタントの存在もBC3クラスの特徴ですが、峠田さんとのコミュニケーションの質を高める上で、何か工夫はされていますか?

高橋 以前は、自分の考えを100%アシスタントに伝えるにはどうすればよいか、ということを考えていたし、それが(アシスタントのいる)BC3クラスで戦っていく上で大事だと思っていました。でも、今は違うんですよね。

――と、言いますと……?

高橋 試合の中で、僕の意図を完璧に峠田さんに伝えれば勝てるとも限らないということです。つまり、僕も試合中に混乱したり、不安になったりするので、その精神状態でアシスタントに意図を伝えても、それは正しいものではないんですね。そうではなくて、僕と峠田さんが普段の練習からつくり上げてきた戦い方を、100%を発揮できれば勝てる、というイメージでしょうか。うまく言えませんが、“選手とアシスタント”という関係ではあるものの、両方の力が均等でないと、世界で勝つことは難しいと考えています。

峠田 私自身も、100%言われた通りにしようとは思っていません。だから試合中に違和感を覚えることもあります。「え、そのボール投げるの?」と。長いこと一緒にプレーしていると、投球の強さとか順番で、背後のボールの位置関係がどうなっているかおおよそ分かるんです(※1)。私も負けず嫌いなので、負けそうな時に我慢できないんですよ。途中の1ミニッツ(=1分休憩)を利用して、作戦変更の提案をする時もあります。

(※1 BC3カテゴリーのアシスタントは規定上、競技進行中にプレイングエリアを見ることができない)

――どんなところから、高橋さんの状態を感知するのでしょうか?

峠田 あらゆるところからですね。表情とか、投球の順番とか。観客の歓声や相手選手の様子も見ています。例えば、良いボールが決まると「Come on!」と叫ぶ選手がいて、パッと高橋さんを見ると首をひねっていたりする。「あ、やられたんだな」と。逆に、相手が固いボールをランプの最上部から投げ下ろしているのを見ると、そうしないと弾けない良いボールが高橋さんに決まったんだな、と。アシスタントは規則上、後ろを振り向くことができないので、暇なんです。その代わり、アンテナを張って常に試合展開を想像していますね。

高橋 自分と峠田さんでつくり上げた教科書があるんですよ。その通りプレーできれば勝てる。でもたまに、その場で書き足そうとしたり、他人の教科書を読んでしまったりして失敗することもあります(笑)。自分たちのプレーを信じて貫けるかが鍵ですね。

――“2人でつくり上げたボッチャ”が機能すれば試合を有利に進めることができる、と。アシスタントと双方向の関係になってから、試合における適応力は増しましたか?

高橋 いや、まだ全然ですね。リオの時に比べたら、うまくなっているとは思いますが、2年前から繰り返しているミスショットもありますし……。これは自分に対する慰めでもあるんですけど、人間、そんなに変われない(笑)。少しずつ上達して、ヘコんで。その繰り返しですよ。

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「人を驚かせることは大好きです」

――ところで、高橋選手は2013年に東京2020の招致が決まってからボッチャを始められているわけですが、他に競技の選択肢はなかったのですか?

高橋 なかったですね。招致が決まる前もスポーツをやろうとしていましたが、自分の障がい程度を考えると高いレベルで勝負できる競技が見つからず、諦めていたんです。そんな折に東京パラリンピックが決まって「やはりスポーツがしたい」と、再度競技を探して出会ったのがボッチャでした。知り合いの選手に誘われるままに見学に行ったら、そのチームが日本トップレベルのチームで。それから2020年をゴールに、1年単位で到達すべき目標を定めていきました。

――高橋選手にそこまでさせたものは何なのでしょうか?

高橋 「やるからには本気で」という気持ちですね。東京パラリンピックに出ると言ったら「冗談だろう?」と言われることもありました。そう言われると余計、「本当に出たね」と思わせたくなったんです。人を驚かせることは昔から大好きですね。

――その舞台が来年に迫っています。どのような心境ですか?

高橋 出場権を得て、大会当日を最高の日にすることしか考えていません。それが終わった翌日のことなんか考えられないです。おそらく、今までの人生で経験したことのないような時間になるでしょうね。一つ言えることは、東京大会が、ボッチャの普及という面で大きなポイントになってくるということです。

――今では、一般企業でもボッチャがプレーされることが増えてきていますね。

高橋 それはすごくうれしいことです。パラスポーツが一般企業でプレーされるなんて、誰も想像できなかったのではないでしょうか。老若男女、分け隔てなくプレーできるのがボッチャの魅力でもあるので。それは、リオ大会でチーム種目が銀メダルを取ったことも影響していると思いますね(※2)。

(※2 リオ・パラリンピックのボッチャ競技チーム部門で、日本代表は銀メダルを獲得した。チーム戦ではBC1またはBC2の選手が対象となるため、BC3の高橋選手は出場していない)

 一方で、僕がプレーするBC3の知名度は、まだ低い。それが自分の活躍で変わると思えば、すごく楽しみですよね。ボッチャはパラリンピックの中でも最重度の障がいのある人がプレーする競技ですが、さらにその中でも最重度の選手が属するのがBC3。そんなことも知ってもらえれば、より面白く競技を見てもらえるのではないでしょうか。

――ボッチャを始めた理由が、東京2020に出るため。それが今では競技の普及にも目が向くようになっている、と。

高橋 初めは、自分が東京大会に出ることができれば、競技の人気が出ようが出まいが関係ないと思っていました。それがリオ大会で変わったんです。応援してくれる人の存在の大切さを知ったんですね。また、自分自身が競技の魅力を知るにつれて、ボッチャをより多くの人に知ってほしいと思うようになりました。以前は、僕のような頚椎損傷の人はボッチャではあまり見かけませんでしたが、最近では増えてきた。かつての僕のようにスポーツを諦めていたけれど、自分にもできるスポーツがあるかもしれない、障がいがあっても世界を目指せる、と思ってくれる人が増えてきている。自分の活躍がそのきっかけになればという思いです。

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「自分でも読む」。それがボッチャ観戦の楽しみ方

――あらためて、ボッチャを見る上でどこに注目すれば良いでしょうか?

高橋 自分だったらどう投げるかを考えて、その通りになるかならないか、という視点で見てもらえたら面白いと思いますね。ボッチャはジャックボールに持ち球を近づけていく競技ですが、6球のうち1球だけを見れば「そこに投げる必要があるのか?」と思えても、次の投球で分かる。「だからそこに投げたのか」と。

峠田 目標に近づけるという点でカーリングによく例えられますが、手を読むという点では囲碁とか将棋の方が近いかなと思っています。

高橋 しかも、ボッチャの場合は囲碁、将棋と違って「マス」がないので、予測もしづらいわけです。一度ボールを放ったらコントロールできないので、まったく想像していなかった場所に転がる場合もある。それが難しさでもあり、面白さでもありますね。

 それから、僕らのようなBC3クラスでは、アシスタントとの連携にも注目してほしいです。僕は話すことができますが、選手によっては障がいによって発話ができないので、目で投球の合図を出す選手もいるんですよ。

峠田 どうやってコミュニケーションを取っているのかまったく分からない選手もいます。それでもアシスタントがキビキビ動いて、驚くような投球をしてくることがあるんです。

――その中で、高橋選手、峠田さんコンビのアピールポイントは?

高橋 試合の中で何回けんかしているか……というのは冗談で、ひねりはないけれどシンプルなプレーが僕の強みだと思っています。その意味で、僕はつまらない男なんですよ(笑)。

 ただ、僕と峠田さんでつくり上げてきた戦術の教科書を、東京パラリンピックまでアップデートし続けていく。自分の中の引き出しを多彩にしていく。本番までにできることは、自分のプレーをさらに極めていくこと。それだけですね。

©UZA

<了>

[PROFILE]

高橋和樹(たかはし・かずき)

1980年生まれ、埼玉県出身。5歳から柔道を始め、中学校3年時に全国中学校柔道大会出場。足立学園高校2年時、遠征先の試合で頚椎損傷を負う。その後、復学し千葉商科大学に進学。卒業後、NPO法人 自立生活センターくれぱすに入社し、介助者を入れての自立生活を開始。2013年9月、東京2020の開催決定を受け、出場を目指し2014年3月よりボッチャを始める。競技を始めて2年で世界選手権大会準優勝、リオ・パラリンピック個人戦に出場するも予選敗退。2018年2月、競技に専念できる環境を求め、株式会社フォーバルへ転職。東京2020パラリンピックでのメダル獲得を目指している。

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