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アスリートインタビュー

10か月でアジア新!パラ短距離界の超新星、井谷俊介 「世界との1秒の差は縮められる」

2019年9月11日 13:00配信

2018年1月から本格練習を始め、その年10月の「インドネシア2018アジアパラ競技大会」の男子100m予選でアジア記録を樹立して優勝。短距離界に彗星のごとく現れたパラアスリートが、井谷俊介(24=SMBC日興証券)だ。今年7月の「パラ陸上 関東選手権」では男子200m(義足T64)で23秒80のアジア新をマークして優勝し、2つのアジアタイトルを保持する。東京パラリンピック期待の超新星を、BS朝日「Withチャレンジド・アスリート〜未来を拓くキズナ〜」(毎月第4土曜・午前9時放送)とともに取材した。

(取材・構成=平辻 哲也)

取材に訪れたのは5月下旬、都内のジム。井谷選手はトレーナーの仲田健さん(50)とトレーニング中だった。仲田さんは元阪神タイガースの桧山進次郎さん、ボクシング元WBAスーパーフライ級チャンピオンの名城信男さん、プロゴルファーの石川遼選手、金田久美子選手、柔道・オリンピック金メダリストの野村忠宏さん、リオ五輪陸上4×100mリレー銀メダリストの山縣亮太選手らを担当している。

三重県出身の井谷選手は幼いころから鈴鹿サーキットに通い、プロのカーレーサーを夢見ていた。大学時代からカートレースに出場していたが、2016年2月にバイク事故で右下腿部を切断。レーシングドライバーの脇坂寿一選手の紹介で2018年1月から仲田さんのトレーニングを受けることになり、本格的にパラ陸上の世界を目指し、すぐにアジア新を出したのだ。

今年5月の静岡国際では100mで自らのアジア記録を更新する11秒55をマークしたが、2週間後のセイコーゴールデングランプリ大阪で右大腿部を痛めてしまい、この日は約2時間強の筋力トレーニングに励んでいた。仲田さんの毒舌混じりの指示を受けながら、淡々とメニューをこなしていく。出会って1年半ほどの2人だが、息はピッタリ。終了後に井谷選手に話を聞いた。

井谷選手に聞く

――SMBC日興証券に所属したのは?

「今年4月1日からです。アスリート採用で、月に1回会社に行き、後は競技に集中できます。選手はそれぞれ全国各地にいて、南は沖縄から北は福島までいて、本当に選手それぞれが競技に集中しやすい環境でやらせていただいているので、会社にはすごく感謝しています」

――トレーニングはどんな形ですか?

「週に5日です。ベースとしては2日ウエイトトレーニング、3日走っています。故障している時は調整しますし、体の状況を見て変えています」

――もともと自動車レーサーを志していたそうですね。

「はい。(仲田)健さんも、脇阪(寿一)さんが紹介してくれました。全部、縁とタイミングがうまくつながった感じがします。どこかでタイミングがずれていたら、この挑戦は実現しなかったですね」

――昨年10月に、アジア記録を出された時はいかがでしたか?

「1年間そこだけを目指して挑戦してきましたので、達成感がありました。すごく嬉しかったです。自分が事故に遭ったときからここまでのことをバーッと思い出しました。「走りたい」って言った自分に対して、いろんな人が協力してくれて、やっとこんな形で走ることができた。走ったのは夜でしたが、(インドネシアの)競技場にはナイター設備もあって、お客さんもいっぱい入っていました。大舞台でしたね。自分は諦めずにやってきましたが、それを支えてくれた人たちのことを思うと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました」

――初めて競技用の義足をつけた時はいかがでしたか?

「それまでジョギング用の義足は履いたことがありました。ですから、普通の乗用車に乗ったことあるけど、レーシングカーには乗ったことはないなぁ、という感じでしょうか。そんなドキドキワクワクがありましたね。いざ、履いていると、硬さがすごくあって、しっかり踏み込まないと反発感が来ないんです。これは難しいなと思いながらも、うわー、これで俺は毎日走れる、走れる足を手に入れたという思いでした。子供がおもちゃ買ってもらったような感じですかね。同時に支援して買っていただいているので、責任感と使命感も持ちました。しっかり成績を出して、夢を実現しないとダメだなと改めて思いました」

――普段の義足と競技用はどう違いますか?

「普段の足だと、ジョギングしても変な感じのジョギングになってしまうんです。「全力で走れ」と言われても、なかなか難しい。競技用だと、抵抗感がなくて、ただ物がついているだけの感じ。なおかつ、しっかり踏み込むと、(義足が)たわんで、ギュッと反発するんです。その反発というのは、しっかりと筋力をつけないと、感じることができない。その反発を感じるようになってくると、自然と走っているような感覚にはなりますね」

――競技用義足をつける部分に痛みはありませんか?

「体重を支えている部分はどうしても痛くなります。それが競技用になると、そこに衝撃がバーンと加わるので、さらに痛くなります。レース翌日には痛みますし、むくむこともあります。むくんでしまうと、日常用につける義足を履くときでも痛いんです。時には足が入らないこともあります。そういうことは苦労しました。今はある程度慣れてきて、調整できるようになりました」

――腿を少し故障されたということですが、どんな状態ですか?

「ハムストリングの辺りの軽い肉離れですね。内出血はしてないので、大丈夫だとは思うんですけど……。レースの午前中に走ったときはすごく痛かったんです。だから、やばいかなと思ったんですけど、レース前のアップで、何本か走った時は「大丈夫だ、いける」と思ったんですよね。それで、いざ走ったら、レース中の50~60 mですごい痛みが走ってきて、その痛みというのは午前中の痛みとはまた別物だったんです。本当に、肉離れをやるかな、というくらいのものだったんです。やっぱり、その限界をどう判断するか。その甘さ、未熟さ、経験のなさがあったんだと思います」

――これからはそういう経験を踏まえて、トレーニングを積んでいくという感じでしょうか?

「まずはケガを治療しながら、強化していきたいと思っています。次にそこをケガしないようにしないといけない。今日はまだトレーニングができていますが、ケガをしてしまうと、トレーニングできないですから。ケガをしてしまうと遅れてしまうし、これまで積み上げてきたものがなかったものになってしまう。ケガには気をつけていかないといけないと改めて思いました」

――トレーニングをずっと拝見しましたが、きょうも結構、痛かったのではないですか?

「痛いのは痛かったんですけども、トレーニングをやることによって、改善される部分もあります。動かすことで血流がよくなり、リハビリになることもあるので、ある程度やらないといけないんです」

金メダルで恩返ししたい

――東京パラリンピックの目標は?

「金メダルを目指しています。母国開催ですし、パラリンピックの舞台で金メダルを取ることは恩返しにもなります。負けたくないですね。海外の金メダル最有力と言われている選手から、タイムとしては1秒近く離れていますけども、それをどう考えるか。「1秒あるから無理だな」とか、「では、決勝進出を目指そう」って言っている時点で、決勝には絶対行けないと思うんです。やっぱり常に目標を高く持っていきたい。その1秒の差もはるか遠くあるものではなく、何が足りないか、何を改善すべきかも見えてきているので、その課題をひとつずつ潰して、どこまで行けるのかだと思っています。金メダルにこだわって、やっていきたいですね」

――まだまだ伸び代がありますからね。

「はい。そう言っていただけると、励みになるのですが、自分の中では、その「伸び」を伸ばすのはすごく大変で、苦労もするんですけども、まだまだ甘い、自分ができていないこともたくさんあるので、一つずつクリアしていけば、1秒の差は詰められるのではないかという手応えは十分あります。ですから、地道にコツコツとやっていきたいと思っています」

井谷俊介

1995年4月2日、三重県 尾鷲市生まれ。バイク事故後、母親の勧めで陸上競技に出会い、2018年1月から本格的にトレーニングを開始。10月の「インドネシア2018アジアパラ競技大会」の100m予選で11秒70のアジア記録を樹立して優勝。2019年5月の静岡国際陸上競技大会ではその記録を11秒55に更新。7月のパラ陸上関東選手権では男子200メートルで23秒80のアジア新をマークして優勝した。

取材協力:「With」(毎月第4土曜・午前9時放送)

障害者スポーツのトップアスリートと、彼らを支える人々を紹介するBS朝日「Withチャレンジド・アスリート〜未来を拓くキズナ〜」。

山﨑晃裕(パラ陸上やり投げ)、古川佳奈美(パラ卓球)、上地結衣 (車いすテニス)、中村智太郎(パラ競泳選手)、藤井郁美(車いすバスケットボール)、橋本勝也(ウィルチェアーラグビー) 、藤本聰(パラ柔道)、水田光夏 (パラ射撃)、福家(ふけ)育美(パラバドミントン)などが登場。

陸上競技(パラリンピック)/競技・ルール紹介>>

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