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アスリートインタビュー

車いすテニス日本ランキング第1位・菅野浩二。趣味が転じて代表になるまで

2019年11月21日 10:24配信

©竹中玲央奈

車いすテニスは、「男子」「女子」「クアード」「ジュニア」という4つのクラスで行われている。「クアード」は、三肢以上に障がいがある選手が対象で、男女混合で行われるのが最大の特徴である。

趣味として始めたにも関わらず、日本を代表する選手の1人となったのが菅野浩二選手。彼は2016年に「男子」クラスからこの「クアード」に転向したことで“世界”が近づいた。彼が東京パラリンピックを目指すまでと、その思いを聞いた。

(文=星野奈津子、写真=竹中玲央奈)

「仲間がいたから」続けられた車いすテニス

――車いすテニスを始めたきっかけを教えていただけますか?

僕は怪我をする前、高校でバスケをやっていたこともあり、怪我をした当初は、リハビリ施設で活動していた車いすバスケチームの練習に参加していました。就職が決まり、リハビリ施設を出た時に、仕事の関係で練習に参加できなくなってしまいました。ちょうどその頃、車いすテニスをしている友人が競技用の車椅子を乗り換えるタイミングだったんです。そこで、古くなった車いすを譲ってくれるということで、車いすテニスを始めました。競技用の車いすは1台30万~50万円、高いと100万円程度します。簡単に自分で買えないですし、当時はお金に余裕もなかったので、車いすを譲り受けたのは大きかったですね。

リハビリ施設でスポーツをしていたこともあり、様々な車いすの競技を知ることができたのですが、やはりテニスやバスケはやっていて楽しかったです。でも正直、趣味としてやっている感覚。ここまで本気でやるとは思っていませんでした。

――趣味から始めて、ここまで本気でやって来ることができた理由はありますか?

仲間がいたからですね。

今でこそアスリート活動としてやっていますが、数年前までは趣味としてやっていました。車いすテニスは競技人口が多くはないです。たぶん、全国でも1000人くらい。その中で、大会に出場する選手は100人前後です。必然的に大会に集まる人は毎回顔なじみのメンバーになってきます。試合をするときは真剣にやって、試合が終わるとみんなで集まってご飯を食べたり…。この流れが好きで、自分に合っていました。

「クアード」クラスに転向したときの思い

――趣味からパラリンピックを目指すまでの経緯を教えてください。

もともと全日本マスターズというランキング上位の人しか出られない年に1回の大会があり、それに出たいと思っていました。2016年に初めて出場できることになり、目標を1つクリアできました。

次を考えていたときに、全日本マスターズにリオパラリンピックの選手が出場していて、その方に「クアード」というそれまでの「男子」とは異なるクラスであれば「東京パラリンピックに出場できるよ」とアドバイスされました。そして、そのクラスならメダルを取れるかもしれないと言われたんです。

個人的には「次のパラリンピックの会場は東京だから、日本でやるのであれば遠征も必要もないな」くらいの感覚で本気度は薄かったです。でも、時間が経つにつれて気持ちが変化し、1、2ヶ月悩んだ結果、せっかく東京であるなら挑戦してみようと思いました。

――それまでは国内中心だった中、遠征に出て海外の選手と戦う機会を得られたと思います。海外の強豪選手と戦ってみて感じたことはありました?

自分は強い人と戦うことを楽しいと思うタイプです。でも今は、相手が強いからというよりは、所属先のリクルートからのサポートや周囲からの応援もあって戦っているので、簡単に負けて帰れないという方が強いですね。

©竹中玲央奈

――いざ東京パラリンピックまで1年を切っています。心境はどうですか?

年齢的なものあり、大会に出場し勝ち進んでいく中、1週目は大丈夫でも2、3週目だと体力面が課題になっていますね。そこで身体を痛めることもありました。

身体に関してはリハビリを取り入れているのですが、回復がやはり年齢的に遅くなってきました。若い頃は痛みなどを感じても、次の日になったらけろっとしていました。ですが、今は次の日になったらもっと悪くなっていることもあります。その痛みを取りきれないままで練習や試合をやっていくので、結構苦労していますし、不安もあります。

――今のコンディションで東京の4年後のパラリンピックを考えるというのは難しい、だからこそ今回にかける想いが強いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

それもあるので、やれることを全部やろうと思っています。

例えば食事面は栄養士のアドバイスに従ってバランスの良い食事を心がけています。また、精神面はコーチについてもらってメンタルトレーニングをしています。自分の欠点でもあるのですが、試合中に些細なことでイラついて自分のリズムを崩すことがあるんです。それをなくすようにトレーニングを始めたんです。

筋トレも日常的に取り入れるようにして、勝つためにテニス以外にも時間を割いています。

“距離感”が障がい者スポーツの魅力

――パラスポーツ全体のお話を伺いたいと思います。パラアスリート、パラスポーツの価値をどのようにお考えですか?

選手との距離感じゃないですかね。健常者のプロ選手には近い距離感で接するのは難しいイメージがあると思うのですが、パラスポーツの選手なら、もう少し近い存在として感じられると思います。芸能界で言えば、秋葉原のアイドルみたいな感覚なのかなと(笑)。

でも、こういう活動をして少し有名になったので昔の友達から連絡が来て、それで距離が縮まることもあります。職場では、今まで話したこともなかったメンバーが声をかけてくれるようになりました。

――様々なハードルを乗り越え大舞台に臨む、というストーリー性もパラスポーツの魅力の1つかなと思います。

正直、試練を乗り越えた感覚というのはありません。もともとスポーツが好きで、怪我した時のリハビリもスポーツ感覚でやれていました。だから、あまり苦と感じたことがないんです。

自分が障がいを持った時に、ある程度1人でやれるようにするんだと、意気込んでいたわけではないですし、辛かったエピソードやどん底ということもありません。

――大舞台まで1年を切りましたが、東京の“後”のことは考えていらっしゃるのでしょうか?

今は東京パラリンピックに出ることを目標として掲げています。

東京パラリンピックの後もどうしようかは特に考えていないです。結果次第ですから。悔しい結果になればその悔しさのままで、優勝したらその満足感で辞めるのかもしれない。逆も然りで、続けようと思うこともありますよね。そこの未来はわからないですが、今はとにかく東京パラリンピックに集中して、良い結果が出せるようにと日々考えています。そこに向けて1日1日を楽しんでいこうと思っています。

[PROFILE]

菅野浩二(すげのこうじ)

1981年8月24日生まれ。埼玉県出身。20歳から車いすテニスを始める。車いすテニスクアードクラス日本ランキング1位、世界ランキング4位。リクルート所属、リクルートオフィスサポート勤務。

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