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東京五輪2020

アスリートインタビュー

「弱い自分」を受け入れ身につけた揺るぎない強さ。植草歩は五輪初代王者へ突き進む

2020年5月18日 17:00配信

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東京五輪から初採用となった空手競技で女子組手の初代王者を見据えるのが植草歩(JAL所属 27歳)だ。

帝京大在学中の2013年にワールドゲームズを制覇。その後も全日本選手権4連覇やアジア大会金メダルなどいくつもの大会を制覇。現在は、空手女子組手68kg超級世界ランク1位。2017年~2019年プレミアリーグ年間チャンピオンだ。

東京五輪では女子組手61kg超級で金メダル候補に挙がる植草に、強さを身につけるまでの過程や今後の抱負を聞いた。

(取材・文=高木遊、写真=空手道マガジンJKFan)

©空手道マガジンJKFan

「今となっては感謝」父の存在

――まずは空手を始めたきっかけを教えてください。

「小学3年生の頃に幼なじみに道場へ誘われたことがきっかけです。突きや蹴りがミットに当たった時のパーンっていう音が気持ち良くて始めました」

――今でこそ女子格闘技も盛んですが、当時はどのような状況だったのですか?

「全然盛んじゃなかったので、小学生の頃は男女一緒に大会もやっていました。私は身長が小学6年の頃には160cmあったので、男子相手でも有利に戦えることもありました」

――やはり空手は何よりも好きでしたか?

「始めた当初は趣味のひとつでしたが、小学生の全国大会で全国3位になれたり勝っていくことでより楽しくなっていきました。中学時代も全国大会でもベスト16まで行くことができました。自然と空手で高校に入るという気持ちになっていっていたので、スポーツ推薦で柏日体(現日体大柏)に入学しました」

――高校時代は下宿であったため、お父様の支えが大きく、週末にたくさんの冷凍したお惣菜などの食事を持って来てくれていたそうですね。

「はい、高校が同じ空手部員の仲間とアパートを借りて下宿をしていたので」

――実家を離れての下宿生活は寂しくありませんでしたか?

「いえ、そこは全然。むしろまだ高校生の時期だったので、毎週のようには父に来て欲しくなかったくらいです。遊びに行きたくて(笑)。でも、もちろん今となっては感謝しています。子供のために、そこまでするのは凄いな、と思います。幼い頃の道場の送り迎えも父がしてくれていましたし、全国どこへでも大会になると応援に来てくれているので」

――帝京大学もやはり空手の環境面を考えての進学ですか?

「桃太郎杯という全国大会に優勝できたことで、帝京大学に声をかけていただきました。これが初めての日本一でした。強豪大学にスカウトされることが目標だったので、それが叶いました。でも、伝統校ですごく強かったので悩んだのですが、父や高校の監督が『日本一の大学に誘われて行かない奴がいるのか?』と背中を押してくれました」

「弱い自分を受け入れる」

――植草さんはどのような気持ちで試合に臨むのですか?

「私は、基本的に試合はしたくないんです(笑)」

――え?どういうことですか?

「ワーッと感情が燃える人間でもないので、感情が燃えるようにアップで声を出して盛り上げていきます。あとはそうやって不安だからこそ、どういう技や試合展開で進めるか準備・想定をして、最終的には“この喧嘩、勝つぞ”という気持ちを作っていきます」

――空手をやる上での魅力というものは、今どのように感じてらっしゃいますか?

「やっぱり相手との攻防、駆け引きもありますし、様々な技があります。たった3分ですけど一瞬も目を離せないですし、その中で最後の1秒まで勝敗が分からないことが空手の面白さだと思います」

――では2017年の全日本選手権準決勝(※)は会心の試合ですか?

「そうですね。『植草負けたな』と周りは皆思っていたんでしょうけど、あの時私はゾーンに入っていました。全部が見えて、全部が読める状態でした。会場がワーッと沸いたのは今でも覚えています。そういう奇跡が起こるのが空手の大きな魅力です」

※2017年の全日本空手道選手権大会の女子組手の準決勝戦で植草選手は残り1秒からの上段まわし蹴りで逆転勝ちを果たした。

――2014年からメンタルコーチングも受けているということですが、その成果はどのようなものなんですか?

「メンタルが弱いと思って受け始めたのですが、コーチングを通して“弱い自分を受け入れること”が大切だと感じました。『弱い自分がいるからこそ、こういう行動や準備をするんだ』と考えるようになりました」

©空手道マガジンJKFan

嘘が真に

――王者となってから変わったことは、ご自身の中や周囲でいかがでしたか?

「相手に研究されているとは感じますね。王者となってから1年は自分のスタイルを続けることで勝てたのですが、その後から簡単には勝てなくなってきたので試行錯誤しています」

――昨年は大会ごとの成績でアップダウンがありましたが、そうした影響でしょうか?

「昨年は特にそうですね。しんどかったです。東京五輪をイメージして、変えようとやっていたことですが、それで勝てるのかと不安にもなりましたし、勝ったり負けたりもありました。でも、そこはコーチやスタッフを信じてやると決めてやっていたので、東京五輪で金メダルを獲得するために必要な過程だったと思っています」

――そうしたお話を聞くからにも、今年を集大成と位置付けていたかと思います。そんな中で東京五輪が2021年へ延期が決定されました。こちらに関しては、どのように受け止めていますでしょうか?

「今できない技などにフォーカスを当てるようにしています。気持ちはブレないですね。“できないことをできるようにしよう”という小さな目標が一つひとつあるので、それをクリアしていくことが金メダルを獲るために必要なことだと思います」

――「東京五輪が無ければ大学卒業と同時に引退していた」とも聞きました。それだけに大きな存在ですよね。

「教員になりたくて教職も取っていたので、当初は自分の母校で日本一の部活を作りたいと考えていました。でも五輪競技に採用されるかも・・・となった時の記者会見に呼ばれることになって、そこで嘘をついたことでここまで来ました(笑)」

――嘘?

「『あの夢の夢舞台で優勝します』と、その会見で話したんです。私は五輪への道筋を作ろうと嘘をついたのですが、それが新聞の一面にもなったので、やらないといけないかな?って(笑)最初は『7年後なんて考えられない』『私にそんなことできるのかな?』と思っていました。でも、だんだんと現実になってきて、より明確に金メダルを目指すようになりました。また五輪競技になったことで空手界も大きく変わったことを肌で実感しました。そうやって五輪の影響力の大きさを知ったからこそ、今度は私が空手界をさらに変えたいなと思っています」

――好きで始めた空手ですが、今はその「空手界を変えたい」ということを使命に感じているのですね。

「五輪で成功して次の世代につなげていきたいんです。私自身、空手をやっていたから、礼儀作法も学べましたし、いろんな人との関わり、努力することの大切さ、あらゆることを学ぶことができました。だからこそ空手界に恩返しをしたい。この先の世代の選手たちが、こうしてまた取材をしてもらえたり、空手で食べていけるようにメジャーにしたいということが私の思いです」

「世界を明るく」

――五輪では、普段戦う68kg超級ではなく、五輪階級の61kg超級で戦うことになるわけですが、そちらへの対応はどのように考えていますか?

「いつもとは違う試合展開になると思うので、その準備はしています。61kg超級だと、私と対戦する相手は待つより、向こうから技を多彩に出してくるので、その部分ですね」

――なかなか先が見通せない現在の状況ではありますが、どんなことを大切にしていきたいですか?今後の抱負を最後にお願いいたします。

「五輪で金メダルを獲るという目標が変わることはありません。自分ができることをきちんとやっていって、できることを一つひとつやっていきたいです。来年、今の自分とはまったく違う自分を見せて“この1年で植草に何があったんだ!?”と思わせたいですね。世界全体が今は暗いですが、世界を明るくしていく1人になりたいです」

©空手道マガジンJKFan

[PROFILE]

植草歩(うえくさ・あゆみ)

1992年7月25日生まれ、千葉県八街市出身。身長168cm。柏日体高校、帝京大に進み、在学中の2013年にワールドゲームズを制覇。その後いくつもの大会を制して空手女子組手界の第一人者となっている。現在はJALに所属し、実施競技初採用となった東京五輪での61kg超級初代王者を目指している。得意技は中段突き。趣味はネット配信サービスでアニメ『犬夜叉』を観ること。

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