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東京五輪2020

アスリートインタビュー

出産を転機に飛躍的に成長を遂げた金メダル候補。セーリング吉田愛・吉岡美帆

2020年6月3日 12:07配信

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風の力だけを頼りに海上を突き進んでいくセーリング競技。その東京五輪女子470級で金メダル獲得が期待されるのが吉田愛・吉岡美帆ペア(ベネッセ所属)だ。

2013年に結成すると、2016年にリオデジャネイロ五輪出場。その後もメキメキと力をつけて、ついに2018年には同種目で日本人初となる世界選手権優勝を果たした。そして、2019年の世界選手権でも2位に入り、東京五輪の代表に内定した。

幼い頃から競技に親しんでいた吉田(旧姓近藤)は、それぞれ別のペアで2008年と2012年の五輪に出場しており、4回目の出場となる39歳のベテランだ。プライベートでは2012年に現コーチでもある吉田雄悟さん(ロンドンオリンピック男子470級日本代表)と結婚。2017年6月に長男琉良(るい)君を出産し、その後復帰した。

一方、吉岡は高校入学を機にバレーボールから転向。高校時代までは無名の選手だったが、立命館大時代に吉田と出会ったことで才能が開花。身長177cmの体格も生かして世界トップに躍り出た29歳だ。

そんな2人にこれまでの経緯や東京五輪への意気込みを聞いた。

(取材・文=高木遊、写真=ベネッセホールディングス/本人提供)

※2020年5月上旬にリモート取材。

©ベネッセホールディングス

対照的な2人の出会い

――吉岡選手との出会いはどのようなものだったのでしょうか?

吉田「連盟の試乗会がきっかけです。現役を続けるか迷っている時期だったのですが、そこで当時大学生だった吉岡選手に出会いました。“ひときわ大きな選手がいるな”と思ったのが吉岡選手でした」

――吉岡選手は、高校時代は無名な選手だったと聞きました。

吉岡「もともと海が好きで、入った高校で“変わったスポーツをしてみよう”と、たまたまあったヨット部に入ったのが転向のきっかけです。当時は楽しむことを重視したクラブだったので、インターハイは出ましたがそこまで実績はありませんでした。でも競技力を高めたくて立命館大にスポーツ推薦で進みました」

――試乗会ではどちらから声をかけたのですか?

吉岡「コーチの方が仲介してくれて連絡先を交換しました。実績でいえば吉田さんは雲の上の存在でした。でも、その後に私から連絡したら吉田さんが“関東に来て一緒に乗ってみない?”と声をかけてくださいました」

――それぞれが思う相方の強みはどんな部分ですか?

吉岡「吉田さんはヨットにすごく真剣にストイックに取り組むところですね。今もお子さんがいて時間も少ない中、トレーニングも頑張ってらっしゃってすごく尊敬します」

吉田「吉岡選手は、身長を生かして頑張るところもそうですし、今では私が課した課題以上のこともやってくれます。私が干渉せずとも1人でいろんなことができるようになりました。成長をすごく感じています」

©ベネッセホールディングス

2人にとって大きな転機となった出産

――10歳ある年齢差は、障壁になりませんでしたか?

吉田「最初は戸惑いというか、話題を合わせなきゃとか思っていましたね(笑)。でもそんなことは考えても仕方ないですし、お互いの良さや10歳差だからこそ生かせることもあるだろうなって深く考えなくなりました」

――いつ頃から深く考えなくなりましたか?

吉田「リオ五輪が終わった後の1年間、私は出産のために競技から離れており、その期間にそれぞれがお互いのやるべきことをやるようになっていき、徐々に深く考えなくなるようになりました」

――吉岡選手にとっては、リオ五輪後の1年間はどのような1年間でしたか?

吉岡「初めて出場したリオ五輪で、自分の力を発揮できず、足りない部分に気付くことができました。レベルアップするために必要なことを考え、メンタル・フィジカル・語学力などを鍛えた1年間でした。他国の選手とコミュニケーションを取れるようにと、1か月フィリピンに英語を学びに行きました。英語だけの1か月はとても貴重な体験となりました」

――吉田選手は吉岡選手の変化を感じましたか?

吉田「吉岡選手は、リオ五輪まではガチガチに緊張し、私に言いたいことも言えず、殻に閉じこもっている感じがしていました。でも、その1年間でそれ以上の苦労をしたのか、1年後には私と乗ることを楽しんでくれているような表情でした。リオ五輪とは違った気持ちでセーリングをできるようになった印象でした」

――実際、吉岡選手は吉田選手が仰ったような気持ちでしたか?

吉岡「そうですね。留学中には、海外の選手と一緒に生活をしながらセーリングもしていたのですが、言語も文化も違うので、コミュニケーションを取ることにとても大変で苦労しました。だから、吉田さんと久しぶりにセーリングをできた時はホッとして、いつの間にか楽しんでいました」

――ちなみにケンカをしたことはありますか?

吉田「ケンカをするような年齢ではないです(笑)。理解の仕方がお互いに違ったりして意見が違うことはもちろんありますが、ケンカとは違いますね(笑)」

――吉田選手の中で、出産はとても大きな出来事だったと思いますが、出産前後で変わったことはありますか?

吉田「私はストイックな性格なので、出産前は、起きている時間のほぼすべてを競技に捧げて、一つひとつの計画を遂行していました。出産後は、子供の世話があるので、計画を立てるという概念が自分の中からなくなり、良い意味で諦められるようになりました」

――不自由が生まれて逆に肩の力が抜けたようなイメージでしょうか?

吉田「吉岡選手やコーチである主人に、上手く頼めるようにもなりました。競技面でも結果にもあまりこだわらず、目の前のレースに出られることの喜びを感じて競技をするようになりました。すると、逆に結果も出るようになっていました。1レースごとの良し悪しはありますが、“帰ったら子供の顔を見られるから、また次頑張ろう”と思うようになりましたね。考え方がとても変わり、とても楽になりました」

©本人提供

延期となった東京五輪に向けて

――東京五輪延期が決まり、思うように練習もできない日々になってしまいましたね。

吉田「五輪延期のニュースを聞いた時は、“1年延期になったらどうなっちゃうんだろう” “このプラス1年をどう過ごしたらいいんだろう”とずっと考えていました。子供を幼稚園に預けられなくなり、毎日育児に追われる生活になって同時にトレーニングもままならなくなりました。でも、今では “焦らずこの日常を楽しんで、自粛が終わりいつもの生活に戻れたら、またしっかりと取り組めばいいや“という風に考えが変わりました。準備期間ができたと考えています」

吉岡「私は自宅の1部屋をトレーニングルームにして、たっぷりある時間のほぼすべてをトレーニングに費やしています。この積み重ねが競技力の向上になると思います」

――五輪を機に、セーリングに興味を持つが人増えると思います。セーリングをすること・セーリングを観ることの魅力を教えてください。

吉田「私はヨットのゲーム性が大好きです。同じ北風でも毎日違う。自然が相手なので、正解がない。同じような風が吹いてきても、海の上を走らせると、良いコース取りは毎日違います。レースも相手がいるので、相手との駆け引きだとか、波の乗り方だとか、体も頭もたくさん使いますね」

吉岡「自然の風の力を利用して走るので、フィジカル・風を読む力、運などといったいろいろなものを兼ね備えて、総合的に強い人が勝つ競技です。そこが、とても魅力的です。観てくださる人には、エンジンを使わずに風だけで走るところや、船上で選手がアクティブに動いているところにも注目していただきたいです」

――東京五輪に向けての目標を聞かせてください。

吉岡「延期になった1年は自分がレベルアップできる期間だと思うので、東京五輪で全力を出せるように、しっかりと準備して臨みたいと思います」

吉田「1年延びたことで、勢力図が変わってくると思うので、戦略面も変えていかないといけません。でも、五輪会場である江の島では私たちが1番多く練習できると思うので、地元であることを活かして、やれることをやっていきたいです」

©ベネッセホールディングス

[PROFILE]

吉田愛(よしだ・あい/写真左)

1980年11月5日生まれ。神奈川県出身。国立音楽大附属高校、日本大学生物資源学部卒業。2014年のリオ五輪に吉岡とのペアで出場し、その後産休に。2017年6月に出産し2017年11月に大会復帰。趣味はロードバイク。身長161cm。

吉岡美帆(よしおか・みほ/写真右)

1990年8月27日生まれ。広島県出身。兵庫県立芦屋高校、立命館大学経済学部卒業。中学まではバレーボールをしていたが、高校から転向。2013年から吉田選手とペアを結成。2014年のリオデジャネイロ五輪に続き2回目の五輪出場で金メダルを狙う。趣味は犬の散歩、買い物、料理。身長177cm。

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