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東京五輪2020

アスリートインタビュー

高校から転向し花開いた身体能力を武器にメダル獲得を目指す。ウエイトリフティング・近内三孝

2020年6月12日 12:12配信

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常人には考えられないような重量のバーベルを挙げるウエイトリフティング。試技の際には、何年間・何ヶ月と時間をかけてきたことを、一瞬で発揮しなければいけない極限の集中も求められる。

 そんな競技で日本大学在学時から世界と戦い、昨年の世界選手権では男子67kg級で6位入賞した近内三孝(こんない・みつのり/日本大学職員)に、高校で転向したきっかけ、競技に向かう姿勢や現在の思いを聞いた。

(取材・文=高木遊、写真=高木遊、本人提供)

©本人提供

難しいから面白かった

――ウエイトリフティングを始めたのは高校からということですが、それまでは何をされていたのですか?

「僕の地元は福島の田舎で、部活動はバスケットボールかバレーボールしか選べませんでした。そこでバスケを選び、駅伝大会に向けて特設された陸上部にも所属していました。バスケでは身長が小さかったので、ポイントガードをやっていました」

――田村高校でウエイトリフティングに転向したのは、どんなことがきっかけだったのですか?

「陸上部に仮入部したのですが、(全国常連校で)想像以上にレベルが高く正式入部をする前に辞めたんです。僕は『高校に入ったら陸上でもやろうかな』くらいの気持ちだったのですが、入ってみて居場所が違うと感じました」

――数ある選択肢の中からウエイトリフティングを始めたのはなぜですか?

「筋力系のスポーツに興味があったのと、高校から始める人が多かったこと。あと僕は小柄だったので、階級別に分かれているという平等性に魅力を感じて“こういうのを待っていたな”と」

――ウエイトリフティングを始めてみて、いかがでしたか?

「知識やテクニックはゼロでした。『おりゃっ』とやればできる競技だと思っていたのですが、そうではなかった。意外と難しかったですね。でも本当にゼロからだったので、日々成長を感じて、毎日自己記録を更新できることが面白かったんです」

――そうして、だんだんと目標は変わってきましたか?

「僕が入学した2011年は震災があって入学式が遅れたり、部に入ったのが遅かったりという理由でインターハイ予選に出られませんでした。でもインターハイ出場の標準記録を気づけば超えるようになり目標も変わっていきました」

――当時は、まだ五輪を意識していなかった?

「当時は五輪という目標はまだまったくありませんでしたね。単純に記録を伸ばせることが楽しいというのがモチベーションでした」

©高木遊

「自分の体を知る」大切さ

――陸上とは違う素質はどこにあったとされているのですか?

「(小柄で)体には恵まれていませんでしたが、身体能力は高かったので、上を目指せると思いました」

――3月生まれの早生まれだから不利だったという部分もありそうですよね。

「そうですね。4月生まれの子にはなかなか勝てなかったので。小学生の頃は整列の時も先頭で、女の子よりも小さかったですね」

――高校3年生のインターハイで初の全国優勝を飾りますが、その際はどのような気分でしたか?

「気分は最高でしたが、『想像よりはちょっと遅かったな』と思いましたね。高校3年生の時だったので、『ようやくできたな』という気持ちでした。どちらかと言うと、ホッとした感じでした」

――大学4年時に行われた2017年ユニバーシアード夏季大会(台北)では男子69kg級5位と悔しい結果でしたね。どのように振り返っていますか?

「ピークを上手く合わせることができなくて、結構迷った状態で試合に臨みました。どこか自分の波に乗れていないところがありました」

――それを機に変えたことはありますか?

「『ここが弱点だから、ここを強化しないといけない』と、自分の体を知ろうとするようになり、ウエイトリフティングをより深く考えるようになりました。苦手な部分をしっかりと分析して、安定感・体幹・肩周りの強化に取り組んでいますね」

五輪延期を受けて

――大学4年間、そして現在も職員として所属する日本大学は環境面も含めて、どのような良さがありますか?

「自由な雰囲気がありつつも、“4年間という限られた時間でどこまで伸びるのか“ということを深く考えている学生が集まっているところですね。寮は食事が充実していますし、八幡山の練習場は新しく改装されてから間もないので、トレーニングルームも充実しています。やりたいことができる環境だと思います」

――2019年の世界選手権6位という結果はどのように受け止めていますか?

「あまり出来は良くありませんでしたが、現状の力を発揮できたので、ようやくスタート地点には立てたのかなと思いますね」

――3年前(2017年)に取材した際には、「東京五輪に出場する」という目標を掲げていましたが、目標が高くなったりしてきましたか?

「はい。今は、五輪出場は最低ラインと見るようになりました」

――東京五輪の1年延期発表を受けて、モチベーションはどうですか?

「4月に予定されていた五輪予選の中止が先に決まっていたので『もう2020年夏にはやらないんだろうな』と思っていました。なので、延期が発表されたときも『やっぱり』という感じでしたね」

――今の時期はどのように生活や練習をされているのですか?

「練習はできているので、現状維持ができればいいかなと思っています。記録を伸ばしたいなとも思うのですが、(次回の出場大会が未定で)いつに向けて頑張ればいいのかわからないので、モチベーション維持が正直難しいです」

――モチベーション維持が難しい中でどのようなことをされているのですか?

「『この感覚があれば、いい記録を狙える』というフォームに修正をしています。ここ数年、デッドリフト(最初にバーを浮かし始める瞬間)の感覚があまり良くないので、今はそこの強化に充てています」

©高木遊

五輪への意気込み・競技の魅力

――試技の際はどのように集中を高めているのですか?

「1週間くらいはずっと自分の上げたい姿をイメージします。試合前は緊張をするのですが、アップが始まった瞬間に緊張は無くなり、あとはイメージ通り行きます」

――過ごし方の良い悪いはどういう違いですか?

「試合に対するモチベーションですね。モチベーションさえ良ければ、極論ですがどれだけ遊んでも試合の調子は良いと思います。自分のやりたいことが見えていない時は、試合の1週間前から毎日“試合のために早く寝よう”と思っていても力が出なかったりします」

――自分なりのメンタルコントロールはありますか?

「1週間を楽しめば、試合も楽しめるという感じですね。これが趣味というものは特にありませんが、友達と遊びに行ったり、買い物をしたりして楽しんでいます」

――来年の東京五輪に向けての意気込みを聞かせてください。

「まだ選考自体も終わっていないですし、それまでにも大会があると思うので、まずは一つひとつの試合を消化していきたいです。それが後々の五輪に繋がると思うので」

――東京五輪での目標を教えてください。

「トータルで330kgを目標としています。メダルの到達ラインを考えても、ここまでいけば満点だと思います」

――五輪を機に、いろいろな人がウエイトリフティングに注目すると思いますが、競技の魅力をどのように発信していきたいですか?

「『体重の何倍を持ち上げているのか』『私、何人分だと思いながら見てもらった方が面白いと思います。素人から見ると、140kgや150kgという数字は想像しにくいと思いますが、『友達何人分だ』というように、身近なもので考えてもらえたら面白いと思いますね」

――ウエイトリフティングする上での魅力はいかがでしょう?

「自分の限界を知るための数値化はなかなか難しいものですが、それがウエイトリフティングでは記録として目で見て分かる。限界を超えたことがはっきりと分かるところが面白いです。自分の限界と向き合えることが一番の魅力ですね」

©高木遊

[PROFILE]

近内三孝(こんない・みつのり)

1996年3月14日生まれ。福島県三春町出身。福島県立田村高校、日本大学文理学部卒業。好きな言葉は「それがウエイトリフティングかなと思うので」と“一生懸命”・“本気”・“全力”を挙げる。身長168cm。

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