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東京五輪2020

アスリートインタビュー

「自国開催で自分の力を証明したい」サッカー・大迫敬介が語る東京五輪への思い

2020年8月26日 11:01配信

©Getty Images

大迫敬介は、プロ3年目の昨季、経験が求められるGKという特殊なポジションでレギュラーの座を確保。リーグ戦29試合に出場し、サンフレッチェ広島の堅守を支えた。1997年生まれ以降の年齢制限のある東京五輪代表チームでは、正GKの最有力候補だ。187センチの恵まれた体躯と高い技術を兼ね備え、どんな場面でも動じないメンタルの強さも持つ。日本サッカー界の未来を担う大器に、これまでのキャリアと、東京五輪への想いを訊いた。

(取材・文=原山裕平)

地元を離れ技術を磨いたユース時代

――大迫選手がサッカーを始めたきっかけを教えてください。

「僕は3人兄弟の二番目なんですが、兄が友達に誘われて、地元のサッカークラブに入った時に、僕も一緒について行ったのがサッカーとの出会いですね。小学校1年生の時でした」

――最初からGKだったんですか?

「最初の何か月かはフィールドをしてましたけど、チームに決まったGKがいないのもあって、自然とやるようになりました。点を取るのも楽しかったですけど、シュートを止めるのも楽しかった。子どもの頃って、GKはあまりやりたがらないんですけど、僕は進んでやっていましたね。試合にも出られますし、そこまで強いチームではなかったので、いっぱいシュートが飛んでくる。もちろん、たくさん点を取られましたけど、そのなかでも止められた時の喜びを感じていました」

――鹿児島出身の大迫選手が、サンフレッチェ広島のユースチームに入ったのは、どのような経緯だったんですか?

「小学校もそうですけど、中学の時も強いチームにいたわけではないんです。県でベスト8くらいのレベルでした。ただ、そんなに強くなかったことが良かったんだと、今振り返れば思います。強い相手のシュートをたくさん受けてきたことが、成長につながったのかもしれません。県のトレセンや、九州トレセンに呼んでもらって、そこに見に来ていたスカウトの人に声をかけられたというのが、広島ユースに入った経緯です」

――広島ユースは日本屈指のアカデミーですが、その3年間で学んだこととは?

「厳しい3年間でした。全寮制なんですが、夜になると携帯は没収されましたし、学校のテストで赤点をとったら練習参加できなかったり……。ただ、常日頃から意識の高い仲間たちと生活するなかで、プロになるという目標を見失わずに取り組めたと思っています。流されそうになる時も、流されずにやれた。人間としていろんな意味で成長できたと思っています」

――高校3年生に進級する直前の3月にプロ契約を勝ち取りましたが、その時はどういった心境でしたか?

「とにかく嬉しかったですね。常にそこを目標として取り組んでいましたから。ユース時代からトップチームの練習に参加していましたし、アピールする場は結構ありました。ただ、トップチームには素晴らしいGKがたくさんいたので、プロに上がれるかは半信半疑でした。だから、なれると分かった時は、思わず『よっしゃー!』と叫んでしまいましたね(笑)」

――ただ、プロ入り2年間は試合に出ることができませんでした。

「悔しかったですね。他のチームでは僕の同期が試合に出ていたので、なおさらでした。もちろん試合に出ることが簡単ではないことは分かっていました。最初の頃はプロのレベルについて行くのが必死でしたし、他のGKの選手とは技術の差も明確にあったので、最初は焦りしかなかったです。僕がギリギリではじくようなボールを普通にキャッチしたのを見た時は、本当に衝撃でしたね」

――ところが、プロ3年目の昨季、シーズン初戦となったAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のプレーオフでスタメンに抜擢されました。

「ACLに出るためにも絶対に勝たないといけない試合だったので緊張感はあったんですけど、一方でここまでやってきたという自信もありました。いきなりPK戦までもつれ込む厳しい試合でしたけど、GKにとってはチャンスでもありました。やっていて楽しかったですし、今思えばあの試合を勝ち切ることができたのが、大きかったと思っています」

――負ければ終わりという状況のデビュー戦で、楽しかったと思えるのは、そうとうなメンタルの持ち主ですね。

「自分で意識したことはないですけど、メンタルが強いって言われることは多いです。たとえ試合でミスして、その後に同じようなシチュエーションが訪れても、躊躇なく、思い切ってプレーする。ミスを恐れずに行動できるところが、メンタルが強いと言われる要因の一つかなと思います」

©2020 S.FC

多くの経験を積んだ昨シーズン

――去年は29試合に出場し、シーズンを通して安定したパフォーマンスを見せました。改めて昨季を振り返ると?

「あっという間で楽しい1年でした。連勝もあり、逆に連敗もあり。日本代表にも呼んでもらえました。自分を信じてやり続けていたら、できないことは何もない。そういうことを身をもって感じましたし、大きく成長できた1年だったと思います」

――日本代表に選ばれたのは、驚きだったのでは?

「あんなに早く代表に入れるとは思ってはいなかったです。でも、やっとここまで来られたという想いもあります。目標としてきた場所に入れたことで、今まで以上に代表への想いが強くなりました」

――コパ・アメリカというレベルの高い大会に出場したのは、大迫選手にとってもチームにとっても貴重な経験だったと思います。

「普通は出られない大会ですし、凄くいい経験ができたと思います。もちろん、結果を出せなかったので悔しさもあります(日本は2分1敗でグループリーグ敗退)。Jリーグでやっている自信を持ってピッチに立ちましたけど、上には上がいるんだなと、強く思いました」

――大会後に、心境や意識の変化はありましたか?

「あの時のチームには川島(永嗣)さんがいたんですが、一緒に練習したり、生活をするなかで、意識の高さを感じましたし、自分に足りないものも見えてきました。広島に帰ってからも、練習に対する取り組みは、それまでよりも良くなったと思います」

――五輪代表チームでは、これまで正GKを務めてきました。まず、改めて大会が延期となったことをどう受け止めていますか?

「早い段階から延期になる噂は出ていたので覚悟はしていました。でも、個人的にはポジティブに捉えています。今年1月のアジアの大会では、グループステージで敗退してしまいましたから。あの状態で五輪を迎えていたら、結果を出すのは難しかったかもしれない。だから、この1年間でさらに成長して、来年の五輪を良い状態で迎えたいと考えています」

――今の五輪代表チームは、海外でプレーする選手も多く、“史上最強”という声もありますが。

「いや、アジアの大会でも勝てないんですから、そんなことはないと思います。でも海外でプレーする選手はたくさんいますし、意識の高い選手も多い。僕自身も将来的には海外でプレーしたいと思っているので、彼らから大きな刺激を受けています」

――これまでレギュラーを務めてきたとはいえ、五輪代表の選考はこれからになります。競争があるなかで、大迫選手の一番の強みとはなんでしょうか?

「シュートストップには自信を持っています。やっぱり、GKとしては完封することが一番の仕事で、一つひとつの試合で常にそれを目指しています。去年は、失点の数はリーグで2番目に少なかった。チームに結果をもたらせるGKを目指しているので、そこは自信になりました」

――優れたGKに求められる一番の資質は何だと考えますか?

「基本技術は当然大事ですけど、ゴール前での存在感や迫力というものが一番重要だと思っています。オーラみたいなものですね。オーラは積み重ねだったり、自信が生み出すもの。自信を持って堂々としていれば、味方を安心させられますし、相手には威圧感を与えられる。そういったオーラを出せるGKになりたいですね」

思い描く東京五輪とその後

――大迫選手にとって東京五輪は、どのような位置づけの大会ですか?

「自国開催というところに、何よりも大きな価値を感じます。自分の力を証明して、世界に出ていくきっかけを作りたいという想いもあります。そのためにも、まずはメンバーに選ばれないといけない。自分のチームで良いパフォーマンスを継続して、誰もが選ばれることを納得してくれるような存在になりたいです。もちろん出るからには、結果を残さないといけない。目標はメダルです。ただ先を見すぎず、一つひとつの試合で確実に結果を出していくことを意識したい。その先にメダルがあると思っています」

©2020 S.FC

[PROFILE]

大迫 敬介(おおさこ・けいすけ)

1999年7月28日生まれ、鹿児島県出水市出身。2018年にサンフレッチェ広島ユースよりトップチームへ昇格。2019年2月にJリーグデビューし、リーグ戦29試合に出場したほか、6月のコパ・アメリカでは日本代表に抜擢され、チリ戦でA代表デビューを果たした。1997年生まれ以降の年齢制限のある東京五輪代表チームでは、正GKの最有力候補。187センチの恵まれた体躯と高い技術を兼ね備え、どんな場面でも動じないメンタルの強さも持つ。

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