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東京五輪2020

アスリートインタビュー

「東京五輪を機にもっと広まってほしい」スポーツクライミング界レジェンドが語る期待

2021年2月25日 10:21配信

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2016年以降、クライミングジム増加に伴い、競技人口も急上昇、瞬く間に国内での知名度があがったスポーツクライミング。東京五輪でも金メダルが期待されるスポーツクライミングの草創期から現状に至るまでの過程や、メダルの期待値などをクライミング界の第一人者である平山ユージが語る。

(取材・文=VICTORY編集部、写真=Takuya NAGAMINE)

Photo by Takuya NAGAMINE

「当時は始める糸口さえ見つからなかった」スポーツクライミング草創期

――平山さんがクライミングを始めたきっかけを教えて下さい。

元々山が好きで、山登りがしたかったんですけど、厳冬のエベレストがもうすでに登られているし、ヒマラヤの難しいルートもほとんど登られていると中学生の時に思って、山に対してちょっと夢を失いかけていたんです。でも、知り合った人にクライミングに連れていってもらって、自分の体一つで自然の岩を登るフリークライミングというのは、世界中見渡しても一生飽きないだろうし、無限にチャレンジできるんだろうなと思いました。それがきっかけで今も続いていますね。

――当時だと、なかなかクライミングの環境などもあまり整備されていなかったのかなと思うのですが、どのようにしてクライミングの経験を積まれたのですか?

本当にスーパーニッチの世界というか、山に連れていってくれる大人はたくさんいると思うんですけど、岩登りをやっている人なんて周りにいなかったので、雑誌に載っている山岳会に電話したり、ありとあらゆる手段を講じました。でも、やっぱり岩登りは危険なので、自分がやりたいって言っても受け入れてくれるところが当時は少なかったです。クライミングとの出会いは高校1年生のとき、登山用品店に友達と行ったんですが、そこで働いていた方が当時のフリークライミングの第一人者で。その方がやっているスクールに誘ってもらいました。登山用品店でその方にお会いできていなかったら、始めるタイミングはもっと遅かったと思いますね。ただ、やりたかったことではあったので、いずれかは必ずやっていたとは思います。今はやりたいと思えばいつでもスタートできる環境ではあると思うんですけど、当時は始める糸口さえなかなか簡単には見つからなかったですね。

――その後、競技としてスポーツクライミングが誕生した経緯を教えて下さい。

単純に自然の壁を登っていると、誰が世界で一番うまいんだろうとか、強いんだろうっていうことを当時80年代半ばくらいに、世界中のクライマーが思っていたと思います。そこでたまたまヨーロッパの方でそういった気運が高まって、イタリアで始まったんですけど、それが世界中に広まって行き、89年になってワールドカップが始まって、今ではオリンピックの種目となりました。

――スポーツクライミングという競技の魅力について教えて下さい。

面白味としては、3つの種目があって、スピードとボルダリングとリードがあるんですけど、今回のオリンピックでは3種目のコンバインド。複合と言って五輪で初めて採用されるフォーマットです。スピードで言うと、「なんでこんなに早く15メートルの壁を登れるの」っていうところで、陸上の100メートルをみている感覚です。駆け引きや、ちょっとしたミスや心理的なところで足を滑ることもあるので、そこは面白いと思います。ボルダリングは「こんなところ登れるの」っていう設定が各ラウンドに用意されていて、一人一人登り方が違う部分もあり、個性がよく出ているのでそこが面白いです。リードは高さ15メートル以上の壁を制限時間6分の中で、いかに壁を攻略していくかを競います。完全に登り切れば最高なんですけど、大体勝負は登れた高さで決まるので、見ていてわかりやすいと思います。オリンピックの観点から見ると、最後に実施する競技がリードなので、リードがメダルの色を決める重要な種目になってくるかと思いますね。

「一年前であれば日本の選手は確実にメダルを取れるという認識」東京五輪のメダルの行く末

――その後、日本でクライミングが一気に広まったきっかけとしてはどういった部分があるとお考えですか?

オリンピックの競技になるんじゃないかって言う気運が大きかったと思いますね。2016年に正式に決まるんですけど、そのあたりの3、4年が広まっていった時期に該当するのかなと思います。

――趣味レベルのボルダリングの施設は、東京だと街中でもよく見かけますが、スポーツクライミングの競技環境というところでいうといかがでしょうか?

これからもっと整えていかなければいかないんじゃないかなと思っています。2018年くらいまでで言うと日本は良かったと思います。今人気が出てきた中で、一般の人に混じってトレーニングしなければならない現状もあって、トップ選手だけが競技に集中して練習できる環境が求められていると思います。

――五輪での日本人選手のメダルの期待値というところではいかがでしょうか。

一年前であれば、世界の選手との差は目の前で見ることができて、「日本の選手は確実にメダルを取れるんだな」という認識でした。ただ、世界中の人がみんなそうだと思うんですけど、今はどうなっているか雲行きは正直わからないですね。ヨーロッパだとジムは完全にロックダウンしているそうで、練習できるのはトップ選手だけなんですけど、日本の選手はそれなりに自由度がある中で練習できると思います。ただ逆に言えば、ヨーロッパではトップ選手だけが練習できる環境が整っているっていう見方もありますよね。とはいえ選手はいろんな人と関わりながら進化、成長していくものなので、それがいいとは限らないと思います。まあ本当に蓋を開けてみないとわからないですね。

――東京五輪と、その先に平山さんが期待されていることを教えて下さい。

東京五輪を機にクライミングに多くの方が触れることになると思いますし、魅力に気づいてくれると思っていて。その中からパリに向かってとか、2028年のロサンゼルスに向かっていく大きな流れができてくればいいなと思っています。

[PROFILE]

平山ユージ(ひらやま・ゆーじ)

東京都出身。1969年2月23日生まれ。身長173cm。日本では当時浸透していなかったクライミングを学生時代から取り組み、短期間で頭角を現し、当時20歳で挑戦したフランケンユーラカップで優勝するなど、国際大会で数々の上位入賞の好成績を残す。そして1998年には日本人初のワールドカップ優勝や総合優勝を果たす。近年ではワールドカップなどでテレビ解説等も務める傍ら、公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会副会長として競技普及の活動も行う。

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