ラグビー

コラム

NRCへの挑戦〜ラガーマン・土佐誠選手「目立ったもん勝ち」

2017年9月1日 12:50配信

©YASU TAKAHASHI

1.土佐誠選手の経歴

土佐選手のポジションはNO.8。広島・尾道高校を卒業後、関東学院大学に入学。入学後は1年から試合に出場し4年時にはキャプテンも務めた。その後、英・オックスフォード大への留学を経て、2010年にNECグリーンロケッツに加入する。NECでは初年度から全試合出場を果たし、新人王級の活躍を見せた。16-17シーズンに8年間在籍したNECからの退団を発表。17年3月にシドニーに渡り、クラブラグビーリーグ「シュートシールド」のイーストウッドに加入した。さらには、豪州プロラグビーリーグ「NRC」(ナショナル・ラグビー・チャンピオンシップ)日本人初出場を目指し、異国の地で新たな旅に出た。

筆者である私自身も全く同じ経験を持つ。13-14シーズンに7年間在籍したNTTコミュニケーションズを退団し、同じ「シュートシールド」のランドウィックRFCで1シーズンプレーしNRC出場を目指したが、私自身は2軍でのプレーが続き、1軍でのプレーは叶わなかった。必然的にNRCに選抜されることもなく豪州クラブラグビーでの挑戦は終わった。

君島良夫氏の過去記事はこちら

2.豪州の強豪クラブへ、土佐選手のNRCへの挑戦

豪州ラグビーのクラブリーグ「シュートシールド」。

各チーム1軍から4軍、更には20歳以下のコルツリーグにも1軍から3軍まで、プロ選手を目指す各国の選手たちが凌ぎを削る。

土佐選手が所属するチームはイーストウッド。昨年は王座を逃すも、それまではリーグ2連覇を果たしている名門クラブである。今季イーストウッドの1軍はセミファイナルでノーザンサバーブスに敗れ、ベスト4という結果に終わった。

土佐選手はシーズン序盤から2軍で活躍。そのプレーが認められ、1軍のメンバーに抜擢される試合もあり、十分に活躍できることを証明した。1軍で活躍すれば、日本人初のNRC出場が現実的なものになる。本人もNRCへの出場を一番の目標に掲げ、今回の挑戦に踏み切った。

3.英語力を武器に

日本人選手が海外でプレーする上での大きな壁となる言語。土佐選手はこの問題をクリアしている。

土佐選手は関東学院大を卒業後、オックスフォード大学へ留学した経験をもつ。当時は、授業に付いていくので必死だったというが、その後ニュージーランドでも活躍するなど、十分な国際経験を持つ。

今ではその高い英語力を発揮しチームメイトと英語でコミュニケーションをとる。昨季のニュージーランド留学の影響もあってか、ニュージーランド訛りの英語をチームメイトに笑われることもあるというが、チームへの溶け込みも早く、信頼を勝ち取ることにつながったのだろう。

4.日本人は「外国人」…相手が嫌がるプレーを

©YASU TAKAHASHI

土佐選手のポジションはNO.8。スクラムなどからのサイドアタック、BKをサポートしての突進、さらにBKラインに入ってのパスなど、最も総合的なスキルを必要とされるポジションだ。

日本のトップリーグと比較してもコンタクトやスキルの違いは「あまりない」という土佐選手は、持ち前のフィジカルとラグビーセンスで強豪チームの中でも通用する働きを十二分に見せた。

しかし、リーグの中で日本人の立場はあくまで「外国人」。

試合では、より大きなインパクトを残すことが必要になってくる。まさに「目立ったもん勝ち」と土佐選手は語る。

そのため、ただ単にストラクチャーにハマるプレーだけではなく、ボールタッチを積極的に増やす必要性を感じた。

さらにピック&ゴーなども自らの判断で仕掛けていくなど、キレイなプレーだけではなく、ハングリーで相手が嫌がるプレーを心掛けたという。

シーズン終盤になると2軍でのプレー時間が増え、特にコルツ(20歳以下のユースチーム)出身の若手選手を1軍に抜擢する傾向にあったと土佐選手は振り返る。

これには現在豪州ラグビー界で大きな問題となっている、グラスルーツ問題が深く関わっているという。

国内出身の優秀な選手の多くが、ヨーロッパを始めとする国外リーグに流出して、生え抜きの選手が枯渇しているというのだ。日本を始めとする海外組は、たとえ実力が同じでもリーグ終盤は出場機会が減り、生え抜きの選手にチャンスが与えられる。NRC挑戦を目指す土佐選手にとってはこれ以上ない逆風だった。

5.誰かに影響を与えて死にたい…土佐選手が語る「今後」

土佐選手は今年31歳。今後は日本人バックローとしてさらに高みを目指していくという。

一方で将来は子供たちに夢を与えたいという思いがある。

そう考えるきっかけとなったのは、頭の病気だ。失明や四肢麻痺、更には命を落とす恐れさえもあった原因不明の病で、一時は引退も考えたという。

「初めて将来を考えるようになった。引退後に自分を生かせる場所はどこか。そもそもなんのために自分は生きるのか。」

何度も考えをめぐらせ、行き着いた答えは「誰かに影響を与えて死にたい」ということ。

決して大げさではなく、命の危険を乗り越えた本人ならではの想いだ。

指導者になって、学生や子供たちに何かを伝えたい。

「人の人生に触れる立場になりたい」

その言葉には土佐選手ならではの重みがある。

©君島良夫

6.さらなる高みへ…羽ばたき続ける土佐選手

土佐選手の約半年に及ぶシュートシールドへの挑戦はいよいよ終焉を迎えた。

当初掲げた日本人初のNRC出場という目標は達成できなかったが、大きな頭の怪我を乗り越え、

そこから見事に復活し、さらには異国の地で世界のトップ選手と肩を並べて活躍した土佐選手の輝きは、まだまだ色褪せることはない。

土佐選手は今季より三菱重工ダイナボアーズに活躍の場所を移すことが決まった。トップリーグ昇格に向けて、土佐誠はさらなる高みを目指し、羽ばたき続ける。

取材協力:土佐誠選手

文:君島良夫

コラム一覧に戻る

トピックス

トピックス