格闘技 最新情報
【インタビュー前編】Twitchを離れて4年——アール氏が語る『ストリートファイター6』自動実況機能開発秘話
eスポーツ実況の草分け的存在として、今もなお「ストリートファイター」シリーズをはじめとする数々のタイトルで活躍しているアール氏。eSports Worldでは2019年3月にTwitchを離れ、フリーランスとなった彼にインタビューを実施している。
参考:
「eスポーツに夢を持てる未来を作るのが、我々世代がやるべきこと」【実況者・アール氏 インタビュー】
インタビュー前編では、4年の歳月を経てフリーランスになってからどのような活動をしてきたのか、また自身も担当している『ストリートファイター6』(以下、スト6)に追加された自動実況機能についてうかがった。
アール プロフィール
本名・野田龍太郎。主に格闘ゲームをプレーするゲーセン派からスタートし、20歳前後からアマチュアとして実況に携わる。一時期、アーケードゲーム専門誌「アルカディア」編集部に所属し、ゲーム情報サイトのライターとしての活動など、文筆業も行う。「Capcom Pro Tour」や「EVO」の日本語配信、「TOPANGA LEAGUE」といった大会の実況解説も務め、格闘ゲーム実況の第一人者として有名。2015年からTwitch日本法人に所属していたが、2019年3月を持って退社。以後、フリーランスの実況解説者として、格ゲーのみならずさまざまなゲームイベントやテレビ/ネット配信に出演している。
本名・野田龍太郎。主に格闘ゲームをプレーするゲーセン派からスタートし、20歳前後からアマチュアとして実況に携わる。一時期、アーケードゲーム専門誌「アルカディア」編集部に所属し、ゲーム情報サイトのライターとしての活動など、文筆業も行う。「Capcom Pro Tour」や「EVO」の日本語配信、「TOPANGA LEAGUE」といった大会の実況解説も務め、格闘ゲーム実況の第一人者として有名。2015年からTwitch日本法人に所属していたが、2019年3月を持って退社。以後、フリーランスの実況解説者として、格ゲーのみならずさまざまなゲームイベントやテレビ/ネット配信に出演している。
実は4年前から構想があった自動実況機能
——以前インタビューしたのが2019年度で、ちょうど4年が経ちました。あの時Twitchを辞めて独立したばかりのお話でした。それからコロナ禍もありいろいろあったと思います。アールさんご自身、この4年間どのような歩みをしてきたのでしょうか。
アール氏(以下、アール):以前のインタビューの時にいえなかったことがあって、それはTwitchを辞めた明確な理由なんです。
その理由っていうのが『スト6』の開発に携わるということでした。
——ええっ!そうだったんですか。
アール:はい。なので、ある意味とてもいいタイミングでインタビューしていただけたと思っています。
2018年にラスベガスで開催されたEVOに、Twitchの社員として中継しに行っていたんですけど、その時にカプコンの中山さんに会って、「自動実況システムっていうものに興味ある?」っていわれたんです。
もともと中山さんとは友人のような関係でもあったので、立ち話というか雑談的な感じで話していたんです。まあ、何の実現性もないから「いいっすね」っていいながらも、僕は当時あった格闘ゲームの自動実況システムに対してもっとよくできる可能性があると感じていたので、「超ガチの作り込んだやつだったら、まあやりたいっすけどね」って感じの笑い話で終わったんです。
——なるほど。その頃から自動実況機能の構想はあったんですね。
アール:そうですね。2018年って自分が抱えている仕事がすごく多くて、Twitchの仕事もしながら個人でも実況をしていたこともあり、すごく疲れていた年だったんですよね。これからどういうふうに自分の時間を整理しようかなって考えていたタイミングでもありましたし——。
それで年が明けた2019年の2月ぐらいにカプコンの本社に呼ばれたんですよ。中山さんから「EVOで話していたこと(自動実況機能)を本格的にやりたい」っていわれて——。
「えっ、あれ本気なんだ?」って最初は思いましたよ(笑)。
——ですよね(笑)。会場で雑談してるレベルですもんね。
アール:そんな気持ちで大阪の本社に行ったら、会議室に開発のコアメンバーやサウンドチームの方々が大勢いらっしゃって「『ストリートファイター6』を作る上で、「自動実況システム」っていうものをちゃんと入れることになるから、アールさんも一緒にやってくれませんか?」って誘っていただきました。その状況を見て、開発の覚悟を感じたというか……それならこっちも本気で携わりたいって思いましたね。
——ちなみに、先ほど「当時あった格闘ゲームの自動実況システムに対して、もっとよくできる可能性があると感じていた」と話していましたが、どのような点に可能性を感じていたのでしょうか。
アール:2019年頃の自動実況システムの限界って、どこまでいっても機械的に感じちゃうんですよね。早い展開の中で多種多様なアクションに対して反射で出している音声だから仕方ない部分はあるとは思うのですが……。
だから、どうにかして「感情」を表現できるようなシステムを構築したいって話をしました。(ゲームの中に)本当の人が入っているんじゃないかって思うくらいのクオリティで取り組みたいというのが僕の希望でした。
ただ格闘ゲームって状況が逐一変化するんで、どういうタイミングで、どういう言葉で、どれぐらいのセンテンス(文字量)が必要かっていう判断がものすごく難しいんです。
——確かに画面上では左右に移動しているだけでも心境は刻一刻と変わっていますもんね。
アール:そうなんです。格闘ゲームの自動実況って2006年にリリースされた『バーチャファイター5』の時に既にありました。確かにその当時は超革新的で感動ました。けど、しょうがないんですけど機械的で反射的にな部分があったと自分は感じていました。
実現の可否はともかく理想とするビジョンはあったので、それを具体的に説明したら、その時にそこにいた方々がすごく賛同してくれたんです。 「それなら、一緒にやりたいです!」ってなりましたね。
——おおっ。いいですね!
アール:ただその時はまだTwitchに所属していて、イベント業務のほかにスタッフ業務も増えていくかもしれない——。Twitchの業務形態も変わっていくタイミングでもありました。
でもTwitchに所属して自分が一番勉強になり、心にとめていた社風あって、Twitchでは「君は何をやりたいんだ? 何をやるためにTwitchにいるんだ?」ということをよくいわれました。。
誰かがTwitchを離れる時も、「彼は何か悪いところがあったから辞めるんじゃなくて、彼が今やりたいことにTwitchが合わないから、別のところに行くんだよ」っていう考え方をしていました。綺麗ごとのようにも聞こえるんですけど、生きている中で何をやりたい、何を実現するために今を生きているのかという理念に重きを置いていたんですよね。
僕もその理念にとても共感できるところがあったので、「やりたいことが見つかりました。だからジャパンチームからは外れようと思います」ってチームのリーダーにお話したら、「アールさんの人生でやりたいことが見つかったのはすごくいいことなので、みんな応援してくれると思いますよ」ってこころよく受け入れてくれて独立してスト6の開発にかかわる形になりました。
——なるほど。それは以前のインタビューではいえないタイミングですよね。ちなみにその時点での『スト6』ってプレーできたんですか?
アール:少なくとも僕が形になったのを見たのはその1年後ぐらいですかね。リュウとルークが「ドライブ技」っぽいことはしていました(笑)。
実況中の感情を表現することが自動実況機能の課題だった
——ある意味自分のやりたい方針が見つかり、自動実況機能の開発に向き合うことができるようになって、まずどのようなところから手をつけたのでしょうか。
アール:まったく新しいプログラムだったので、プログラムの根幹を考えたり、実況の台本制作、システム全体のバランスをとるための助言など、開発メンバーとディスカッションしていました。
まだゲームができてない以上、台本も作れない部分もありましたけど、今までの「ストリートファイター」シリーズに共通する部分から予測してやっていくということで。
——具体的にどれくらい時間がかかるものなのでしょうか。
アール:システムの方向性や可能性を考えながら、共通シチュエーションのワードを、1000ワードぐらい考えて、大阪(カプコン本社)に行って録(と)るみたいなイメージですかね。
前に飛んだら「前飛びしている!」とか、 仕切り直しの距離になった時に「仕切り直しの距離になった。さあどうする?」みたいなのを、永遠と普遍的なシチュエーションを考えて、そこにセリフを考えるというような作業をやっていました。
——ひえええ。途方もない作業ですね。
アール:ただ、フリーランスに戻ってだいぶ時間にゆとりができたんで、イベントに出ながらもコツコツとやっていましたよ。
忙しいとインプットってできなかったので、2019年は割とインプットに時間を使った年でした。自分は活動の上でインプットすることを重視しているので、いろんな本を読んだり、映画見たり、ドラマ見たりとか、そういうのを意識的にやりながらカプコンの業務をやったり。結構ゆったりしていましたよ。
その中で実作業というよりは、どうやったら自動実況で「感情」を出せるか、ということに常に頭が向いていました。
——感情……ですか。
アール:はい。例えば「ストリートファイターリーグ」のような1試合、2本先取のような大会を実際に実況する時、1試合目の1ラウンド目のテンションと、最終試合の最終ラウンドのテンションって絶対違うじゃないですか。
——確かに。
アール:それまでの経緯があるし、どっちが優勢なのかもあるし、緊張感も高まっている。初めは どういう動きをするかとか、どういうふうにアプローチするのか、お互いがわからない状態から対戦がはじまり、最終的には今までの経緯でお互いが何を狙ってるかっていうのがある程度見えるからテンションが変わる。
自動実況が機械的に聞こえてしまう理由として、 抑揚と感情が一定で、出るタイミングが固定化されているからなんですよね。
1試合目の最終ラウンドでも、テンションマックスで実況しちゃうような、決着の瞬間のテンションがいつも一緒だと、機械的に感じてしまう。
だから、状況に合わせて言葉を変えるか、抑揚を変えるかっていうのをずっと悩んでいました。もちろん、言葉を変えるとセリフ量が尋常じゃない膨大さになるんですよ。
それでも(作業的に)許されるんだったらやろうみたいな。「俺が大変なだけだったらいいじゃん」って思ったんですよね。
——おおおっ。そこにアールさんの本気度がうかがえますね。ただ、状況に応じて言葉尻を変えるのを自動実況機能に適応させるのって、とてつもなく難しいことなんじゃないでしょうか。
アール:そうですね。そうした悩みが大きくなっていた時に大阪への収録に行った折に『スト6』には「テンションシステム」を導入しようと思っていますってプログラマーが話を持ちかけてくれたんです。
——テンションシステム?
アール:簡単に説明すると、ゲームの中にAIの「アール」がいて、体力状況、ゲージ状況、ラウンド状況によって、AIアールのテンションが変動して言う事が変わる仕組みです。
状況ごとにパラメーターを振って「体力がこれで時間がこれでゲージがこれならテンションはこれ」みたいに決めていく。
その話を持ちかけられた時、その時点で直感的に「それが可能なら、自動実況システムは成功する!」って思いました。
——全体的なビジョンが見えてきた?
アール:はい。すぐに何ができるかできないかを精査して、自分の要望を伝えました。そうした経緯からプログラムを根幹として、テンションは1~5まで、5段階のテンションでセリフを考えるということになりました。たとえば中足払いを出しても、 テンション1から5までの中足の実況があります。
テンション1だったら「中足払いを打っていく」
テンション2だったらちょっと語気を強めて「ここで中払い!」
テンション3だといつもの感じで「ここで中足っ!」と叫び切る
テンション4だと「中足ぃぃぃっ!」
テンション5なら「中足、一閃っ!」みたいな
——なるほど!
アール:そこからは根気とトライ&エラーのターンになりました。自分の実況経験から必要に応じてテンションを分けて、半年に1000~2000ワードを考えていく。キャラだけの固有技をどうするか、すべてのシチュエーションにテンション1-5が必要かなど話し合いつつ最終的にバリエーションも含めて4000ワード超になりましたね(笑)。
——いやいや、4000ワードってすごい数ですね!
アール:実は(その数のすごさが)よくわかりませんでした。作ってる側の考えだと「ワードなんてあればあるだけいいだろ」ってみんな思っていたので(笑)。
だから多すぎるというよりはどの部分のワード数を削るか……というような議論はよくしていましたね。
アナウンサー出身の平岩さんも自動実況を担当されているんですけど、今までやってきた仕事の中で1番きつかったのが、この自動実況の収録だっておっしゃっていたと聞きました。
——あはは。そんなに!?
アール:なんか台本が電話帳2冊分くらいあったらしいです(笑)。
——すごっ。そっか、ベースはアールさんの実況になるわけだ。
アール:たたき台レベルの台本ですがその分量は震えますよね(笑)。
自分が作った台本と音声が海外のキャスターにも翻訳されて(直訳ではなく文化にマッチした形の要約で)引き継がれていますが、2022年のEVOで海外のキャスターたちと会って、話をしたときに「収録の時はアールの音声を聞いて、テンション感を確認しながら録ったよ」といわれました。
テンション1〜5の使い分けは本当に大変だったとみんないってましたね(笑)
———
ということで、前編ではTwitchを離れたアールさんが、『スト6』の自動実況に携わった経緯までのお話しをお届け。4年前からすでに『スト6』の開発は進んでいて、自動実況機能も早い段階で導入されることが決定したというのがわかる。
格闘ゲームの自動実況というと、どうしても単調で機械的な音声が流れるだけというイメージを大きく変えた『スト6』の自動実況機能。そこには、アールさんの熱意と新たに導入された「テンションシステム」が大きなカギになっていたのはいうまでもない。
後編ではそんな自動実況機能についてさらに深掘りした話をお届けしよう。
撮影・編集:いのかわゆう
【井ノ川結希(いのかわゆう)プロフィール】
ゲーム好きが高じて19歳でゲーム系の出版社に就職。その後、フリーランスでライター、編集、ディレクターなど多岐にわたり活動している。最近はまっているゲームは『VALORANT』。
Twitter:@sdora_tweet
ゲーム好きが高じて19歳でゲーム系の出版社に就職。その後、フリーランスでライター、編集、ディレクターなど多岐にわたり活動している。最近はまっているゲームは『VALORANT』。
Twitter:@sdora_tweet
掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。