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インタビュー

木下マイスター東京・水谷隼(前編):4度目のオリンピックへの準備と「現役引退」

2021年6月9日 11:43配信
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近年、日本が飛躍的に力をつけ、世界一の座にも手が届きつつある卓球。

試合では、スピード、回転、コースの変化を組み合わせ、戦術を練り、その勝敗には、メンタル面も大きく影響する。選手たちは、わずか直径40mm、重さ2.7gのボールに人生をかけ、それぞれの物語を紡いでいる。

この連載コラムでは、さまざまな選手たちにインタビューし、そのプレーや人間性の魅力に迫る。

今回は、4大会連続のオリンピックに臨む水谷隼選手。(インタビューは5月21日実施)

(聞き手・文=山﨑雄樹)



<前編:4度目のオリンピックへの準備と「現役引退」>

―オリンピックまで約2か月となりましたが、現在の心身のコンディションはいかがですか。

「4月から長期的な合宿がナショナルチームでスタートしていて、非常に充実した練習ができています。体の状態としては、技術的なことでは、最近強化しているバックハンドや、ミックスダブルスで必要なサーブやレシーブなどに、日々の練習のなかで取り組んでいて、徐々に良くなってきています。肉体的な部分は、週に2回、トレーナーの方とウェイトトレーニングを継続的に1か月半やってきているので、非常に絞れてきていてまだまだ伸びしろがありそうです」


―どういうことを想定して、バックハンドを強化していますか。

「試合になると、バックハンドを狙われる率が高いです。僕が、バックハンドで強いボールを打つことがあまりないので、相手からすると『水谷にバックハンドを振らせれば、少し甘い球が来て、攻めることができる』と考えるからです。僕は、バックハンドで『入れる』ことは得意なのですが、バックハンドで『強く打ちにいく』ことはあまり得意ではありません。ですので、今までつなぎにいっていたボールを少しでも強打できるように取り組んでいます」


―ミックスダブルスで必要なサーブとレシーブについても教えていただけますか。

「ダブルスで先手を取るために、最近力を入れているのはYGサーブ(逆回転)です。(YGサーブを出す選手が少ないため、)女子選手はYGサーブへの対応を苦手としています。同時に、チキータ(ボールの横を擦る攻撃的なレシーブ)も女子選手に対して有効な手段です。まず、男子選手の質の高いサーブを受けますので、それほどチキータをさせてもらえないと思いますが、難しいサーブに対して、ツッツキ(下回転のレシーブ)やストップ(短いレシーブ)をするよりは、チキータをした方が良いと思っています。チキータをすることが難しくても、無理やりでもチキータをしていこうと思っています」


―確かに、Tリーグでも昨シーズンの終盤、ダブルスで積極的にチキータをする場面が多かったですね。

「元々、チキータに取り組んだのはミックスダブルスがあるからでした。普段の練習にも多く取り入れるようになりました。今までは、ダブルスでチキータを使う自信はそれほどなかったのですが、たくさん練習に取り組んだ成果がTリーグでも出たのだと思います」


―モチベーションや緊張感など心のコンディションはいかがですか。

「少し前までは、オリンピックの開催がどうなるかわからない状況のなかで、高いモチベーションを保つことはなかなか難しかったです。オリンピックまで100日も切って、近づいてきましたので、(オリンピックが)あるものだと思って、毎日、全力で卓球に取り組んでいます。ですので、オリンピックが近づくに連れて、モチベーションはどんどん高くなっています。前回のリオのオリンピックは、直前までヨーロッパチャンピオンズリーグやロシアリーグ、ワールドツアーなど、試合がものすごく多くて自分の状態をチェックすることができました。一方で、あまりオリンピックのことを考える時間的な余裕がありませんでした。でも、今は毎日毎日、オリンピックのことを想定して練習を積んでいます。準備という面では良かったと思います。さらに、実戦練習ができれば良いと思いますので、普段の練習も実戦のつもりで集中して取り組んでいます」


―実戦という意味では、6月のアジア選手権の代表選考会と7月の「2021卓球NIPPONドリームマッチ」に出場されますね。

「アジア選手権代表選考会はひさしぶりに試合ができるということでワクワクしています。日本人選手も若手が非常に力をつけていますので、オリンピックにむけた良い試合になると思っています。ドリームマッチはミックスダブルスに出場する予定で、本番を想定した良い予行演習になると思います。試合の緊張感を味わったり、試合勘を保つためにも、競り合いになったときに出すサービスなどを確認することができたりします」


―今、スポーツそのものより、政治や経済という側面からオリンピック開催の是非が声高に語られていますが、どう感じますか。

「報道にはかなり目を通します。ただ、オリンピック代表に内定している僕ですが、直接オリンピック開催に関する情報は、一切入ってきません。行われるのかどうかとか、どれほどの規模で行われるのかとか、まったくわからないです。(新型コロナウイルスをめぐる現状が)こんな状況ですから、オリンピックがなくなってしまっても、しょうがないな、とは思いますし、やるなら全力を尽くすだけですし、僕たち選手には何の権限もないと思っています。今は、やると思って待っているだけです。やると思って、やれることを信じて、しっかり準備をしている状態です」


―オリンピックが1年、延期になった影響について、「プラスになった、プラスにした」面と、マイナス面を教えていただけますか。

「マイナス面は、元々年齢的にもベテランの域に入ってきていて、自分としては東京オリンピックでの引退も考えていましたので、それが1年延期になったことによって、自分のモチベーションが1年間保てるのかということと、年齢をさらに1年重ねることによって、肉体的なパフォーマンスが落ちるのではないかという不安は持っていました。でも、1年がたって、問題なく、今も高いモチベーションを維持できています。

良かった点は、1年間、延びたことによって、オリンピックにむけてしっかり準備ができていることです。高いモチベーションを維持できている要因は、良いニュースもあれば、悪いニュースもありますが、毎日オリンピックについて報道され、注目度が高いこともあって、その舞台で戦える意味を感じていることです。やはり、自分にとって最後のオリンピックになると思いますので、そこで戦えるチャンスがあるからには、頑張らなきゃという気持ちがあります。年齢的なパフォーマンスに関しては、最近は筋力トレーニングを継続して行っていますが、肉体的な部分が向上している実感がありますので、まだまだいけそうな自信があります」



―「オリンピックでの現役引退」という気持ちは変わらないのですか。

「変わらないですね。逆にオリンピックが終わった後に変わるかもしれませんが、オリンピックが終わるまでは変わらないと思います」


―もし引退されるとなれば、残念に思う人や続けてほしいと思う人、10回目の優勝が最後の出場となった全日本選手権にも、もう一度、出てほしいと思っている人が、大勢いると思いますが、あらためて、引退を考えられた理由を教えていただけますか。

「リオでメダルを獲ったことによって、自分が求めるものや、周りから求められるものがかなり狭まった気がします。それまでは、オリンピックのメダルや世界選手権のメダル、ワールドツアーの優勝も含めて、勝ちたい意欲や、勝たなきゃいけないという気持ちが強かったのですが、オリンピックで1つ自分の夢を叶えたことによって、『次はオリンピックの金メダルを』と期待されるようになりました。それで、オリンピック以外の大会に価値を見出すのがすごく難しくなってきました。

オリンピック以外の大会でプレーするときに、それまでのような貪欲な気持ちになれていないのではないかと思っています。また、周りの期待もすごく大きくて、自分が思っていることと、周りが考えていることとの差がすごくありました。自分は、常にどの試合でも頑張りたいのですが、オリンピックの1年ほど前から、周りはオリンピックの話しかしてきませんし、メディアの捉え方も同じです。自分と周りの目のギャップがありすぎると感じています。さらに、自分自身もリオでメダルを獲った後に、オリンピックと他の大会との差を感じてしまうようになりました。目指すものを少しずつ達成し、自分の夢を叶えることによって、目指すものが減ってきたように思います。全日本選手権で10回優勝して出場を辞めたこともそうですし、やはり満足してしまうと言うか、そこからさらにもうひとつ上をめざすことを考えるのが難しくなってきました」


―「オリンピックの後に『引退』についての考えが変わるかもしれない」と言われるのは、そのときの御自身の気持ち次第ということですか。

「いいえ。結果ですね。オリンピックでメダルが獲れれば、満足して引退するでしょうし、逆に獲れなければ、もう一度頑張りたいと思うかもしれないですし、このまま散ると言うか、終わるかもしれないです。結果によって、変わる可能性はあります」


―応援する側としては、なかなか複雑ですね。メダルは獲ってほしいし、だけど引退はしてほしくないという状況になりますね。

「まだわからないです。メダルを獲って、団体戦で中国人選手に勝ったら、『あれ?まだまだやれるんじゃないか』と思う可能性もありますし、正直、何とも言えないですね」


―その今回のオリンピックの目標は。

「団体戦はやはり前回の結果以上、銀メダル以上をめざしています。たぶん僕はダブルスに出場することになると思うのですが、まずシングルスで張本(智和)が2点取ってくれないと厳しいかなと思います。ダブルスはたぶん、(水谷選手と丹羽孝希選手の)左左で組むと思うので、練習もかなりやっていますが、なかなか簡単にはいきません。自分か丹羽がシングルスで何とか1点取って、張本が2点取って、チームが勝つことが今の日本の理想だと思います。ミックスダブルスは、やはり金メダルです。チャンスがあると思っていますので、中国のペアを破って、金メダルを獲得することが目標です。今回、出場する中国ペア(許昕選手・劉詩雯選手)とは4回ほど試合をして勝ったことがないのですが、それを前向きに捉えています。

リオオリンピックの団体戦の決勝で(それまで0勝12敗だった)許昕に勝ったこともそうですが、一度も勝ったことない選手が相手だと思い切ってプレーできますし、相手側からすれば、今までずっと勝ってきたので、オリンピックで負けるわけにはいかないという気持ちになるはずです。こちらが精神的に優位に立てますので、思い切って、普段通りのプレーができれば勝てるチャンスはあると思います。パートナーの伊藤美誠選手のシングルスの実力もついてきていますし、自分にはない強烈なサービスとレシーブを持っていますので頼りにしています。(伊藤)美誠のサポートというより、僕は僕自身のことをまずしっかり集中してやって、彼女のことを信じてプレーするだけです」


―あらためて、オリンピックの魅力を教えてください。

「アスリートの人生を変える大会だと思っています。自分自身もメダルを獲ってからの人生は、メダルを獲る前とは比べ物にならないですし、想像もできなかった世界です。ひとりの人生、もっと言えば、その競技を変えるほどの力を持っているのがオリンピックだと思っています」


―あと2か月、どんな準備をされますか。

「毎日、反復練習をしっかりやること、基本練習をしっかりやることです。あと70日ぐらいで、大きく変えることはできないと思いますので、とにかく基本に忠実に、基礎練習をしっかり積み上げて凡ミスをなくし、相手が楽になるようなプレーをしないようにしていきたいです」


【プロフィール】

水谷 隼(みずたに じゅん)

1989年6月9日生まれ。静岡県磐田市出身。5歳のときに父・信雄さんと母・万記子さんの影響で卓球を始める。出身校は青森山田中学・青森山田高校、明治大学。全日本選手権では高校2年時の2006年度(2007年1月)の初優勝以来、5連覇を含む史上最多10回の優勝。オリンピックには、北京大会、ロンドン大会、リオデジャネイロ大会と3大会連続で出場し、リオ大会で日本卓球界初のシングルス銅メダル、男子では初となる団体銀メダルに輝く。Tリーグでは木下マイスター東京でプレーし、1stシーズンの後期とシーズンMVPに選ばれる。戦型は左シェークハンド両面裏ソフトのドライブ攻撃型。得意なプレーはサービスとフォアハンド。


【著者プロフィール】

山﨑 雄樹(やまさき ゆうき)

1975年生まれ、三重県鈴鹿市出身。小学生、中学生と懸命に卓球に打ち込んだが、最高成績は県4位、あと一歩で個人戦の全国大会出場はならず。立命館大学産業社会学部を卒業後、20年間の局アナ生活を経て、現在は、フリーアナウンサー(圭三プロダクション所属)として、Tリーグ(dTVチャンネル・ひかりTV・AmazonPrimeVideoなど)や日本リーグ(LaboLive)、全日本選手権(スポーツブル)など卓球の実況を担当。

また、愛好家として、40歳のときにプレーを再開し、全日本選手権(マスターズの部・ラージボールの部)に出場した。

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