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インタビュー

T.T彩たま・上田仁(後編):復帰への道のりと今、大切にしていること

2021年12月24日 11:24配信
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近年、日本が飛躍的に力をつけ、世界一の座にも手が届きつつある卓球。

試合では、スピード、回転、コースの変化を組み合わせ、戦術を練り、その勝敗には、メンタル面も大きく影響する。選手たちは、わずか直径40mm、重さ2.7gのボールに人生をかけ、それぞれの物語を紡いでいる。

この連載コラムでは、さまざまな選手たちにインタビューし、そのプレーや人間性の魅力に迫る。

今回は、オーバートレーニング症候群による1年間の休養を経て、10月に行われた全日本社会人選手権で4回目の優勝に輝き、復活を果たした上田仁選手。(インタビューは11月12日実施)

(聞き手・文=山﨑雄樹)

<後編・復帰への道のりと今、大切にしていること~人生で無駄なことなんてない~>


―中編に続き、オーバートレーニング症候群についてうかがいます。苦しい状態が続き、2019年10月に休養を発表されました。

「疲れも取れず、しまいには練習場にも行けなくなりました。最初に家族の勧めで精神科を受診したのは2019年8月でした。アスリートに特化した病院ではなく、適応障害と診断されました。でも、『俺は違う、そんな人間じゃない』と認められない自分がいました。そういった病気には程遠い人間だと自分では思っていましたので、ショックも大きくて、さらに練習もできずパフォーマンスも落ちて、余計に人前から遠ざかるようになってしまいました。

その後、ナショナルチームのドクターから紹介状を書いてもらって、10月の世界選手権代表選考会を終えた後、アスリートに特化した医師の診察を受けました。いろいろと検査をして、オーバートレーニング症候群という診断を受け、『今すぐラケットを置いて、卓球から離れてください』と言われました。

僕の場合は、オーバートレーニング症候群が悪化して、躁うつの症状が出ていました。オーバートレーニング症候群について、いろいろと説明を受けて腑に落ちました。練習をすればするほど自分の体調やパフォーマンスが悪くなっていく病気です。復帰できずに引退する選手も多いとききました。脈拍数を上げることもよくないので、最初は動くことも禁止されました。自律神経が乱れて眠れず、薬を飲んでとにかく何もしないという日々が続きました。やはり、あの(世界選手権代表)選考会(2018年12月)が原因だったと思います。あの選考会から自分のなかで、何かがおかしくなって、少しずつ上がってきた階段を一気に転げ落ちるように落ちていきました。

卓球が好きだったのに、コートに立とうとすると動悸がしたり、震えが止まらなかったりしました。コートに立てなくなったので、休むという決断をせざるを得なかったです。そこからよく戻れたなと自分でも思います」


―休養中はどんな状態でしたか。

「気持ちの波を落ち着かせるための薬や自律神経を整える薬を飲みましたが、副作用で食欲が出てしまうので、めちゃくちゃ太りました。今より10kgぐらい太っていて、復帰するとなってから8kg落としました。医師の先生からも『副作用で食欲が出て、甘いものも食べたくなりますが我慢せずに食べてください』と言われて、見る見るうちに太っていきました。

躁のときはよく喋って、うつのときは喋れない、寝たきりで風呂にも入れない状態で、本当に真逆できつかったです。『きょうは掃除をしよう』と思って1日動いたら、次の日はまったく動けないこともありました。他人にとっても、接するのが大変だと思ったので、人もに会えなかったです。

本当にめちゃくちゃしんどかったですね。家族も見ていられなかったと思います。自分が自分でなくなってしまったような感覚でした。休んでいる間にも、すごく考えました。『なんで卓球やっているんだろうな』とか『なんで卓球を仕事にしているのかな』とか『好きでやっていたのになんでこんなに嫌いなんだろう』とか。

そのなかで、医師の先生に『休んでいる間に卓球以外の趣味を見つけましょう』と言われて始めたのが料理でした。料理をしているときは没頭できるので、変なことを考えないのでよかったです。すごく頭がすっきりしました。料理がうまくできたらSNSにあげて『いいね』がつけば嬉しくて、自己肯定感も高まりました。医師の先生からは『ちょっとした趣味をたくさん持てばいい』とか『短期的にできるものと長期的なものがあるともっといい』とかアドバイスを受けました」


―回復の兆しが感じられたのはいつ頃ですか。

「3か月ぐらい何にもせずにボーッとしている日々が続きましたが、ドイツにいる中学高校時代の恩師(板垣孝司さん)が、僕の状況を知って『ラケットを持たずに遊びに来いよ』と声をかけてくれました。現地でブンデスリーガの試合を観て、やっぱり卓球が好きなんだと、あらためて思えました。また、同じような心の病気を経験した人の話をきいたことも大きかったです。『皆、言っていないだけで、何かしらあるんだな』と思うことができて、すごく救われました。

自分が病気になったと話すことも恥ずかしかったし、病気になったことを受け入れるのも嫌でしたが、真面目な人間や正義感が強い人間がなりやすい病気だということを知って救われましたし、少しずつ受け入れられるようになりました」


―復帰をめざそうという気持ちになることができた理由を教えていただけますか。

「自分のなかでやり残した感がありました。日本代表だけをめざすということではなくて、自分のなかで、ピッチフォードとの試合であんな態度を取った自分で現役を終えてはいけないと思いました。だから、復活とまでは言わないけど、コートに戻ってプレーすることが自分を納得させられることだと考えました。その思いが原動力になりました」


―そして、復帰を迎えました。

「2019年の10月に休んで、復帰戦は2020年9月の全日本選手権の東京都予選でした。当初は2020年の4月から練習を再開する予定でしたが、岡山リベッツには練習拠点がなかったため、古巣の協和キリンに練習への参加をお願いしました。快諾していただいたのですが、新型コロナウイルスの影響もあって、練習に行くことができなくなりました。ですので、6月中旬に京都府舞鶴市の実家に帰って、出身クラブの一条クラブでマシンを相手にひとりで練習を再開しました。

自分が卓球を始めた原点とも言える場所で初心に帰りながら、『よし、もう1回頑張ろう』と思ったことを覚えています。7月に入り、そういった情報を知った坂本(竜介)監督や中学高校時代の同級生だった(松平)健太が『チームは違うけど、練習に来いよ』とT.T彩たまに呼んでくれました。

本当に大きなきっかけで、それがなければ、今年現役選手でいられなかった可能性もあります。岡山リベッツが認めてくれたことはもちろん、T.T彩たまへの感謝も大きいです。本当に人に恵まれて、いろいろな方がそのときそのときで助けてくれましたので、人のありがたみをより一層感じました」


―今、気をつけていることはありますか。

「今は、結果を出すことはもちろん大事ですが、自分が心をなくしてはいけないと考えています。今でも1か月に1回は病院に通っています。治ったとは思っていません。治ったと思ったら、再発してしまうと思います。再び発症しないためにいろいろ気をつけているという言い方が正しいかもしれません。

今でも『変に視野が狭くなってないかな』と気をつけています。絶対に勝ちたいという気持ちを持つことはもちろん大事で、それを自分に落とし込んで最後の1点を取る執念に結び付けることができる選手はいいのですが、僕の場合はその気持ちを持ち続けると空回りしてしまう自分もいます。勝ちたいと思っていても、そのことによって自分のプレーができないのであれば、めざすところにたどり着くことができません。

『ゴールが一緒なのであれば、やり方は何でもいいじゃん』ということも休んで気づいたことです。楽しいという気持ちが勝利につながるのであれば、楽しさを求めたらいいだろうし、苦しいことが結果に結び付くのであれば、そちらをめざせばいいと思います。

他人と比べることではありません。僕は、他人と比べて自分がどうなのか考えてきたから、自分を見失ったのだと思います。自分にとってどれがベストなのか、めざすところが同じでもいろいろな道順があっていいということを身をもって知ったので、自分の病名を公表しようと思いました。

病気になったことを恥ずかしいと思うのではなくて、僕が話すことによって同じ悩みを持っている誰かがひとりでも救われたらいいなという思えるようになりました。休む前と休んだ後では自分の感覚がすごく変わったと思います。物事の捉え方が変わったというか、『あのときだったら絶対怒っていたよな』ということでも気にならなくなりました。

協和キリンや岡山リベッツにいたことも無駄じゃなかったし、辞めてこっちに来たのも無駄じゃなかったし、体調を崩して休みましたが、それも無駄じゃなかった、人生で無駄なことなんてないなと思います。そのときは無駄だと思ったとしても、年月が経てば実は無駄じゃなかったということがすごく多いです。だからこそ、今を全力で、楽しみながらゆっくりやりたいです」


―あらためて、今回の全日本社会人選手権優勝のお気持ちはいかがですか。

「僕自身の喜びよりも周りの人が喜んでくれたことが大きくて、自分で言うのは変かもしれませんが、自分にすごく勇気づけられました。今までの優勝とはまったく違うものでした。日本一になったからすごいのではなくて、苦しい状態から何とか元気になれたよということが伝わってほしいです」


―自身が病気を経験し、復帰を果たしたことで伝えたいことはどんなことですか。

「バランスって大事だと思います。何かが良すぎたら何かが崩れますし、卓球も同じでバックハンドが良くなってもフォアハンドが悪くなることもあります。それぞれに見合ったバランスがあると思いますので、他人と比べて卑下するのではなくて、うまく自分なりのバランスを見つけることが楽しい生き方だと感じています。他人の目は気になりますし、心が優しい人ほど、他人のことを思いやりいろいろなことを考えて悩むと思います。

ただ、なかなか他人を変えることは難しいので、自分が変わる努力をした方が、すごく幸せなことが待ち受けていると思います。大きく変わらなくても、心の持ちようや意識の仕方、発言ひとつでも変わるだけで、縁や運に巡り合える可能性は高くなります。僕はありがたいことに仕事として卓球に楽しく取り組めていますが、健康のためにやっている人もいれば、卓球に救われている人もいると思いますので、何か自分のなかの楽しみを見つけることがすごく大事だと思います。

自分が現役を引退して、もし指導する立場になったとしたら、卓球の技術を教えることだけではなくて病気の経験がすごく役に立つなと思っています。失ったものもありますが、それ以上に得たものの方が大きいので」


―最後に、今後の目標を教えて下さい。

「自分のなかに『絶対にこの舞台に戻ってくる』という強い気持ちを持っていた自分がいた一方で、『もうここに戻ってこられないんじゃないか』と思っていた自分がいたのも事実です。

日々の積み重ねや『何かを変えてみよう』という気持ちが今回の全日本社会人での優勝につながったと思っています。その社会人のタイトルはありますが、全日本選手権のタイトルはありませんので、優勝することがひとつの目標です。

もうひとつはTリーグでの優勝で、このふたつが今の大きな目標です。目標があって、そこに自分が辿り着くために、どんな選択をするかということがすごく大事だと思っていますので、うまくバランスを取りながらやっていきたいです。これまで、やはり卓球を通して『上田仁』という人間形成ができました。卓球をしていたからこそ出会えた人たちがいて、いろいろな縁や運に恵まれてきました。結果も大事ですが、僕がまた違った活躍をすることも卓球界への恩返しになると信じています」


―本当に貴重なお話をきかせていただき、ありがとうございました。


【プロフィール】

上田 仁(うえだ じん)

1991年12月10日生まれ。京都府舞鶴出身。3歳のときに兄と姉の影響で卓球を始める。出身校は青森山田中学・青森山田高校、青森大学。全日本社会人選手権では2015年の初優勝から3連覇を達成後、4年ぶりに出場した今年度も優勝に輝く。

国際大会では2018年のチームワールドカップに日本代表として出場し、準優勝に大きく貢献した。実業団の協和キリンを退社後、Tリーグの岡山リベッツで3シーズンプレーし、1stシーズンのダブルスのベストペアに選ばれ(パートナーは森薗政崇)、今シーズンはT.T彩たまに移籍。戦型は右シェークハンド両面裏ソフトのドライブ攻撃型。安定感ある緻密なプレーが持ち味。


【著者プロフィール】

山﨑 雄樹(やまさき ゆうき)

1975年生まれ、三重県鈴鹿市出身。小学生、中学生と懸命に卓球に打ち込んだが、最高成績は県4位、あと一歩で個人戦の全国大会出場はならず。立命館大学産業社会学部を卒業後、20年間の局アナ生活を経て、現在は、フリーアナウンサー(圭三プロダクション所属)として、Tリーグ(dTVチャンネル・ひかりTV・AmazonPrimeVideoなど)や日本リーグ(LaboLive)、全日本選手権(スポーツブル)など卓球の実況をつとめる。東京2020オリンピック・パラリンピックではNHKEテレのナレーションを担当。また、愛好家として、40歳のときにプレーを再開し、全日本選手権(マスターズの部・ラージボールの部)に出場した。

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