インタビュー
木下マイスター東京・田添健汰(前編):Tリーグ優勝~木下マイスター東京の強さと大島祐哉選手への憧れ~
近年、日本が飛躍的に力をつけ、世界一の座にも手が届きつつある卓球。
試合では、スピード、回転、コースの変化を組み合わせ、戦術を練り、その勝敗には、メンタル面も大きく影響する。選手たちは、わずか直径40mm、重さ2.7gのボールに人生をかけ、それぞれの物語を紡いでいる。
この連載コラムでは、さまざまな選手たちにインタビューし、そのプレーや人間性の魅力に迫る。
今回は、Tリーグ・木下マイスター東京の2シーズンぶり3回目の優勝に大きく貢献した田添健汰選手。(インタビューは4月19日実施)
(聞き手・文=山﨑雄樹)
前編・Tリーグ優勝~木下マイスター東京の強さと大島祐哉選手への憧れ~
―まずは、Tリーグ、2シーズンぶり3回目の優勝おめでとうございます。振り返っていかがですか。
田添健汰選手(以下、「」のみ)
「ありがとうございます。今シーズンはファイナルも合わせるとダブルスは5勝(5敗)、初めてシングルスにも出ましたが、勝つことができませんでした。優勝することができて嬉しいのですが、個人としてはもう少し勝ちたかったです。1stシーズンからダブルスに出ているので、得意のダブルスでもっと勝ちたかったという気持ちもありますし、シングルスは数少ないチャンスをものにできなかったことが悔しいです」
―チームはレギュラーシーズンで開幕から12連勝を記録しました。
「1勝を重ねるごとに『負けられない』というプレッシャーがありましたが、同時にいい緊張感もありました。(倉嶋洋介)監督を含め、チーム全員で次の対戦相手の対策などの練習にしっかり取り組むことができたことが勝ちにつながっていたと思います。団体戦では第1マッチのダブルスを取った方に流れがいきますので、僕は『絶対にダブルスを取りたい』という気持ちで臨みました。また、及川(瑞基)選手がかなり波に乗っていて、僕がダブルスで1点取れば、及川選手がもう1点取ってくれるという安心感もあったので、思い切ってプレーすることができました」
―プレーオフ・ファイナル(3月3日・3-1でT.T彩たまに勝利)はいかがでしたか。大島祐哉選手とのダブルスではものすごい気迫を感じました。
「昨シーズンの琉球アスティーダとのファイナルでもダブルスに出場させていただいたのですが、逆転負けをして、そこから相手の流れになり、結果的にチームも敗れて3連覇できなかったことが本当に悔しかったです。今季のレギュラーシーズンでは大島(祐哉)さんと松島(輝空)選手のペアで戦うことが多かったので、『そのペアでいくのかな』と思っていたのですが、レギュラーシーズン最後の試合(2月27日・田添選手は不出場、1-3で琉球アスティーダに敗れる)が終わったときに、倉嶋監督から『お前でいくぞ!』と言われ、急遽、僕と大島さんのペアで戦うことになりました。『どうしても勝ちたい』と思っていたので、出足から気合いを入れていきました。ファイナルで勝つことは難しいことですので、勝てて本当に嬉しかったです」
―ガッツポーズも大島選手と見事にシンクロしていましたね!
「大島さんも結構ガッツを出すタイプですので、僕も組んでいてやりやすいです。大島さんもダブルスがうまいので、どちらかが試合に出ていないときでも、お互いにダブルスの対戦相手についての話や、良かった点、悪かった点などの話をしていましたし、常にコミュニケーションを取れていたことがよかったと思います。ファイナルでは大島さんから『ミスをしてもいいから、思い切っていけ』とずっと言われていました。
実は、僕が専修大学に入学したときに、高宮啓監督から『(当時、早稲田大学の)大島を目指せ』と言われました。僕も大学卓球界では大島選手が断トツに強いなと思っていました。関東学生リーグは全部で7試合あるのですが、僕が1年生の春に、唯一負けたのが大島さんでした。その当時からフォアハンドとフットワークがすごかったです。僕はそれまでフォア(ハンド主体)の選手ではなくて、バックハンドに自信がありましたが、あの(大島選手の)卓球を目指すために、毎日フットワークやフォアハンド強化の練習にスイッチしました。
その後、木下マイスター東京に入団した時に大島選手に『僕は大島さんに憧れて、ずっと大島さんを目指して練習していました』と伝えたら『だから、バックが下手になったんだね』と言われました(笑)。ナショナルチーム候補選手に選ばれていたときも、大島さんと組んでフィジカルトレーニングをすることが多かったです。
大島さんは、僕からすると考えられないほどの重量のウェイト器具を挙げるので、僕も大島さんと同じ重さを挙げられるように必死に取り組んでいました。例えばベンチプレスで大島さんが10回挙げられるとしたら、僕は絶対に同じ重さで10回を挙げることはできないのですが、3~4回でも挙げられるようにと頑張ってやっていたら、今は近い重さまで挙げられるようになりました。僕はベンチプレスがあまり得意ではないので70㎏で、スクワットは146㎏です。大島さんはスクワットで150㎏挙げていました。一緒にウェイトトレーニングをしたおかげでフィジカル面がかなり強くなりました。プレーの面でもただ動けるようになるのではなくて、遠くにきたボールにも飛びついて届くようになり、球際が強くなりました。ダブルスではめちゃくちゃ大事なことです」
―優勝が決まった瞬間はいかがでしたか。
「去年ファイナルで負けて、1年間悔しい思いをしてきて、皆で『絶対に優勝する』と言いながら練習してきたので、本当に嬉しかったです」
―木下マイスター東京の強さは、どんなところに要因がありますか。
「トップを目指している選手が多いので、ひとりひとりの卓球に対する意識が高いです。張本(智和)選手と練習することが多かったのですが、やはりバックハンドの技術が素晴らしいです。僕はどちらかというとフォアハンドが得意なので、毎日練習するなかでかなり勉強になりました。フォアハンドであれば大島選手がいますし、大島選手とはウェイトトレーニングも一緒にさせてもらって、大きな刺激を受けています。
社会人1年目にTリーグが開幕され、このタイミングで木下マイスター東京に入団し、試合に出場できていることは本当に恵まれていると思います。自分自身ももっと成長したいです。ダブルスだけでなくシングルスに数多く出場し、勝利できる選手になりたいです。ダブルスでは勝てる自信がついてきていますが、まだシングルスに出ても勝つ自信がありません。だからこそ、成長しないといけないと思っています」
―Tリーグでプレーして、感じる喜びはどんなものですか。
「ファンの方々の応援です。(コロナ禍の前の)1stシーズンは、ファンの皆さんが自分の名前を呼んでくださり、試合をしていて心地よかったです。勝てばファンの方も喜んでくださるので、それを力に変えて頑張っていました」
【プロフィール】
田添 健汰(たぞえ けんた)
1995年4月2日生まれ。福岡県北九州市出身。父・浩さんの勧めで6歳のときに石田卓球クラブで卓球を始める。出身校は中間東中学、希望が丘高校、専修大学。全日本選手権混合ダブルスでは前田美優選手と組んで2012年度、2015年度、2016年度と3度優勝し、2017年の世界選手権でもベスト8の成績を残す。Tリーグでは1stシーズンから木下マイスター東京で活躍。2ndシーズンでは、宇田幸矢選手とのペアでベストペア賞を獲得。弟・響選手もTリーガー。戦型は右シェークハンド両面裏ソフトのドライブ攻撃型。ダブルスでは、ツッツキやストップなど台上の技術が光る。
【著者プロフィール】
山﨑 雄樹(やまさき ゆうき)
1975年生まれ、三重県鈴鹿市出身。小学生、中学生と懸命に卓球に打ち込んだが、最高成績は県4位、あと一歩で個人戦の全国大会出場はならず。立命館大学産業社会学部を卒業後、20年間の局アナ生活を経て、現在は、フリーアナウンサー(圭三プロダクション所属)として、Tリーグ(dTVチャンネル・ひかりTV・AmazonPrimeVideoなど)や日本リーグ(LaboLive)、全日本選手権(日本卓球協会・卓球TV)など卓球の実況をつとめる。東京と北京のオリンピック・パラリンピックではNHKのナレーションを担当。また、愛好家として、40歳のときにプレーを再開し、全日本選手権(マスターズの部・ラージボールの部)に出場した。