インタビュー
木下アビエル神奈川・張本美和(後編):経験を成長に~兄への憧れとオリンピック・金メダリストに~
近年、日本が飛躍的に力をつけ、世界一の座にも手が届きつつある卓球。
試合では、スピード、回転、コースの変化を組み合わせ、戦術を練り、その勝敗には、メンタル面も大きく影響する。選手たちは、わずか直径40mm、重さ2.7gのボールに人生をかけ、それぞれの物語を紡いでいる。
この連載コラムでは、さまざまな選手たちにインタビューし、そのプレーや人間性の魅力に迫る。
今回は、木下アカデミー所属で、Tリーグでは1stシーズンから木下アビエル神奈川でプレーしている15歳・張本美和選手。(インタビューは2023年8月16日にオンラインで実施)
(聞き手・文=山﨑雄樹)
後編・経験を成長に~兄への憧れとオリンピック・金メダリストに~
-ここ数か月は、Tリーグの優勝だけでなく、個人でもWTTでの優勝や世界選手権への帯同、パリオリンピック日本代表選考会・全農カップ平塚大会での準優勝など、さまざまな出来事がありましたが、振り返っていかがですか。
張本美和選手(以下、「」のみ)
「自分でも驚いています。しっかりと練習して自信はついてきているのですが、今でもあまり信じられないです。一方で、現実を受け止めると『もっと成長しないといけない』という気持ちもあります。強豪選手に、初めての対戦で勝つことも決して簡単なことではありませんが、それでも一番勝ちやすいです。2回目、3回目と再戦するときが苦しいし、難しいです。例えば、(今シーズンのTリーグで敗れた)森さくら選手には、前回は勝っていたので、相手からも対策されました。嬉しい出来事の方が多いのですが、逆に今は、それを受け止めて、より良くなるように改善していこうという気持ちが強いです」
-WTTスターコンテンダーゴア(2月27日~3月5日)で中国の世界ランキング6位・銭天一選手に3-1で勝利しました。
「その大会では、石川佳純さんと2回戦で対戦しました(3-2で勝利)。勝ちたいという気持ちはもちろんありましたが、簡単に勝てる選手ではないと思っていましたので、実は心のなかでは帰る準備もちょっとしていたぐらいでした。まさか勝てるとは思っていませんでしたので、その後は、怖いものがなくなりました。その気持ちを持ったまま、銭天一選手との試合に臨むことができました。もちろん、立てた対策がうまくいったこともありますが、気持ちの面でも弱気になることがなく、強気でプレーできたことがよかったと思います」
-世界選手権についてはいかがですか。
「一番は、ほんとーーーに自分が出たかったという気持ちがありましたね(笑)。初めての帯同でしたので、感じることがたくさんありました。悔しい気持ちもありましたが、先輩方が戦う姿からは、覚悟が自分とは違うと感じました。私に足りない部分が目に見え、そこを補うことができたら、自分もこの舞台に立てるという自信にもなりました。木下グループの選手の練習パートナーとして、一緒に行動していましたが、(銅メダルを獲得した)早田ひな選手の準決勝は会場で応援しました。早田選手の強い気持ちが試合に表れていることをすごく感じました。どんなに苦しい場面でも、どうすれば勝てるのか必死に考えていることもわかりました」
-そして、パリオリンピック日本代表選考会にはどんな気持ちで臨まれていますか。
「去年の成績は本当にダメダメでしたし、希望も1ミリも見えませんでしたが、今年は1度2位になってから、少しはチャンスが見えてきたと思っています。たとえ、パリオリンピックに間に合わなかったとしても、ひとつひとつの選考会で得られるものは多いです。皆、苦しくて厳しい極限の状態で戦っています。選考会の回数も多いので疲れもあるかもしれませんが、皆、最高のレベルで試合をしていますので、負けたとしても必ず次につながります。もちろん、勝たなければパリオリンピックには出られませんが、対戦相手が前回と比べ、どこがどう変わったのか目に見えますし、自分自身も違ったことを試すことができます。負けたとしても、死ぬわけではないので、私自身は楽しく試合をしてきています」
-短期間で相手の変化も自身の変化も感じることができるということですね。
「そうです。例えば、前回(7月・全農CUP東京大会で)敗れた平野(美宇)選手との試合は一番、それがよく表れていると思います。すごく対策されたことを感じました。関係者から『すごく対策をしていた』ときいて、『やっぱりかー』と私も納得しました。完璧にやられた感がありました。何をしても何でも返ってくる感じでした」
-普段、木下グループの練習場で一緒に練習しているなかでお互いに対策を立てるのですね。
「はい。きょう(取材当日)も、練習させていただきました。初めて対戦したとき(5月・全農CUP平塚大会)は4-2で勝つことができたのですが、そこから明らかに変わったと感じます。『こんなに自分が対応できないのか』、『隙があったんだ』と思うぐらいでした」
-さて、兄・智和選手や御家族はどんな存在ですか。
「母とは一緒にいて、父と兄とは別々の環境にいますが、めざしていることは家族皆、同じです。お兄ちゃんの活躍からもらう刺激はすごく大きいですし、皆が私を支えてくれますので、感謝の気持ちでいっぱいです。お兄ちゃんについては、私が小さい頃から次から次へと史上最年少記録を塗り替えていて、私には到底考えられない記録ばかりですので、ずっとすごいと思っています。今回の世界選手権で試合を応援していたときにも感じたことですが、(準々決勝で中国の)梁靖崑選手に2-4で負けはしたものの、私から見れば、世界で一番と言えるぐらい試合に勝ちたいという思いが強いと思います。『チョレーーイ!』と言ってるときもそうですが(笑)、まだまだ私は弱くて、お兄ちゃんとは考えも思いも違います。私にとっては、その気持ちの強さが一番の刺激になります」
-私は、今回のインタビューもそうですし、Tリーグの試合後のインタビューなどを聴いていても、智和選手も美和選手もふたりとも利発さを感じます。御両親からの教育で大事にされていることはありますか。
「勉強をしっかりすることは小さい頃から言われてきました。学校から帰って、塾がある日は塾に行き、ない日は宿題をしてから練習をしていました。『学校の宿題と塾の宿題が終わったら練習に行けますよー』という感じでした。また、これは、ずっと言われてきたことではありませんが、母からは、考えを広く持って、他人の意見を取り入れることの大切さを教わりました。卓球の戦術もそうですが、ずっと同じことが通用するわけないですし、自分の考えだけを押し付けてもうまくいきません」
-今、勉強で好きな教科はありますか。
「社会の歴史が好きです」
-どうしてですか。
「単純に成績が良くて楽しいからです(笑)。試合が多いので、出席できる頻度が低くなって、数学は公式を習う授業を休んでしまうと、わからなくなってしまいますし、理科も実験をする日に休んでしまうと結果がわからなくなってしまいます。歴史だけは唯一、記憶したらできるので、楽しいなーという感じです」
-また、卓球のお話に戻りますが、私は、張本選手のきれいな両ハンドを中心とした卓球に惹かれます。理想とするプレースタイルについて教えていただけますか。
「中国人選手を見ていると、最後は実力の勝負だと感じます。多少の戦術の変化ももちろん考えるべきですが、最後はラリーになります。新しい技術を取り入れようとするより、フォームも含め、ひとつひとつの技術の精度を上げることを目標にしています。結局、技術というのはフォア(ハンド)とバック(ハンド)しかありませんので」
-確かに!当たり前のことですが、言われるとハッとします。
「戦術をどう組み替えても実行できる技術力があれば、一番いいと思います。戦術は頭の回転の速さが必要になりますが、技術の向上は『ただただ練習すべし!』という感じです」
-その練習で重視していることはどんなことですか。
「基本のフットワークはもちろん練習するのですが、3球目や4球目に何をしてからフットワークに入るかを意識しています。例えば、相手が強打してきたボールに対処してからフットワークに入っています。やはり、(得意とする)チキータをできないときのレシーブもいくつかのパターンがないといけないので、その点を考えながら練習しています」
-憧れの選手はいますか。
「ずっとお兄ちゃんと言っています。憧れているのは、お兄ちゃんのメンタルの部分です。『試合に臨む張本智和』というのが一番の憧れで、ずっと目標にしています」
-将来の目標はいかがですか。
「最高の目標はオリンピックで金メダルを取ることです。正直に言うと、小さい頃は卓球が楽しいと思ったことはあまりありませんでした。お兄ちゃんが強くて、自分もその流れに乗るように練習をし始めました。やらされているという感じがありました。でも、中学入学と同時に(仙台から)関東に来て、環境が変わったことが一番大きいのですが、『強くなりたい』、『勝ちたい』という思いがより強くなりました。それで結果も出始めましたし、楽しさを感じるようになりました。できない技術ができるようになることが今は一番楽しいです。
オリンピックでの金メダルに至るまでには長い月日があり、試合もたくさんあります。ひとつひとつの試合での課題を改善して、勝つことができたらと思います。経験を成長につなげられるように日々の練習を頑張っていきます」
-ファンやサポーター、読者の皆さんに一言、お願い致します。
「いつも応援ありがとうございます。これからの私の卓球人生は長いですが、観てくださる方々に勇気や感動を届けたいと思っています。そんな選手になりますので、ぜひ見守っていただけると嬉しいです」
【プロフィール】
張本 美和(はりもと みわ)
2008年6月16日生まれ。宮城県仙台市出身。父・宇さんや母・凌さん、兄・智和選手の影響で2歳のときに卓球を始める。全日本選手権ではホープス・カブ・バンビの部、カデットの部、ジュニアの部で優勝し、全国中学校体育大会でも優勝に輝いている。世界ユース選手権では、15歳以下では団体・シングルス・ダブルス(エジプトのハナ・ゴーダ選手とのペア)・混合ダブルス(松島輝空選手とのペア)の4冠に輝き、木原美悠選手と組んだ19歳以下のダブルスで優勝。シニアの大会でもWTTフィーダーアンタルヤ(2023年4月)、WTTコンテンダーチュニス(2023年6月)で優勝。Tリーグでは、1stシーズンから木下アビエル神奈川でプレー。戦型は右シェークハンド両面裏ソフトのドライブ攻撃型。チキータとバックハンドが持ち味。
【著者プロフィール】
山﨑 雄樹(やまさき ゆうき)
1975年生まれ、三重県鈴鹿市出身。立命館大学産業社会学部を卒業後、20年間の局アナ生活を経て、現在は、フリーアナウンサー(圭三プロダクション所属)として、Tリーグ(Lemino・AmazonPrimeVideoなど)や日本リーグ(LaboLive)、全日本選手権(日本卓球協会・卓球TV)など卓球の実況をつとめ、「日本一卓球を愛するアナウンサー」と呼ばれる。また、小学生、中学生と懸命に卓球に打ち込んだが、最高成績は県4位、あと一歩で個人戦の全国大会出場はならず。その後、愛好家として、40歳のときにプレーを再開し、全日本選手権(マスターズの部・ラージボールの部)に出場した。