田中澄憲監督 インタビュー前編
明治大学を22年ぶりの大学日本一に導いた若き指揮官は、いかにチームを変えたか
2019.5.30(木)

明治大学ラグビー部の田中澄憲監督は、要点を抑えて結果にコミットする。
一昨季は丹羽政彦前監督のもとでヘッドコーチを務め、選手間のコミュニケーション力、判断力、勤勉さを醸成。19季ぶりの決勝進出を果たす。さらに指揮官となった昨年度は、22季ぶり13回目の大学日本一に輝いた。
複数リーダー制の採用などで選手の主体性も引き出した田中監督は、母校の主将を務めた後にサントリーへ入社している。ここでは現役選手、採用担当、チームディレクターとして、ワールドカップを経験した世界的なプレーヤーやコーチとも接してきた。
名手のエッセンスに触れ、国内有数の人気チームをけん引する田中監督。この秋、日本で開かれるワールドカップへの思いを語りながら、大所帯をマネジメントするなかでの気付きも伝えてくれた。
(インタビュー・構成=向風見也、撮影=長尾亜紀)
昨季の優勝からの変化、感じる難しさ
――まずはいまのチームについて伺います。昨季の優勝を受け、どのように強化していますか?
「ヘッドコーチだった一昨季からの積み上げを昨季の結果につなげ、いまはそれをベースにさらに積み上げている感覚です。去年の優勝で選手たちは自信を持ちましたが、いま難しさを感じているのはメンバー同士の差。3年前はおそらくトップチームがいまのBチームくらいのレベルでしたが、いまは上のメンバーがよくなってしまったことで下のメンバーとの差があるように見えます」
――明治大学ラグビー部は選手数90名超の大所帯。田中監督ら首脳陣は日々、A、Bチーム主体のペガサスとCチーム以下のルビコンという2つのグループの練習を指導します。
「ルビコンもペガサスも、目指す基準や方針は変わりません。ただ、フォーカスポイントは違う。特にルビコンは下級生も多いので、先へ先へと進むのではなく、将来のペガサスとしてのベース――身体づくり、ファンダメンタル(基本)のスキル――をより丁寧につくっていかなくてはと感じています。以前はペガサスもベースの部分に取り組んでいましたが、いまはそれがある程度できてきた人間が増えていて、(判断力や応用的な技術など)次のステージに進んでいる。その中でペガサスとルビコンが同じ練習をするのは少しきついかな、とスタッフ間で話しています」
――読者の方とっては、それぞれの職場やコミュニティーでのマネジメント術に置き換えられそうな話です。
「チームの求める基準に到達している人、もっと先にいっている人、逆に追いついていない人がいる。だからわれわれは、各選手に合わせたコーチングをしないといけません。5月に東海大学さんと試合をした時のスクラム(フォワードを務める選手が8対8で組み合う攻防の起点)を見て、勉強になりました。Aチームはそれほど相手と遜色はありませんでしたが、B、Cは劣勢。うちはBのリザーブ以下になると下級生がスクラムを組んでいますが、人数の多い東海大学さんはその位置に上級生を入れていて、向こうの積み上げや経験値が発揮されていました。試合後、うちの押された選手に『改善策は?』と聞くと、『1時の方向に切っていく(近年主流とされる組み方。時計の短針でいう「1」の方角へ力を集約させる)』とテクニックの話をしていました。力のあるAチームの選手がテクニックのことを話し合っているから、Bチーム以下もその感覚に倣っているんです。ベース――首の強さ、コアの強さ――ができる前からテクニックのことを話す傾向は、少し危険。このあたりの意識は、変えないといけません」

トップリーグとは違う、大学ラグビーの魅力
――ここからは、大学ラグビーの魅力について語っていただきます。昨季の決勝戦直前、田中監督はその時期に行われたルビコンの練習内容を高く評価していましたが……。
「現実的にそのシーズン中にはペガサスへ上がれない選手が、激しい練習ができる……。自分たちの姿勢や取り組みがチームの勝利につながると意識しているのでしょうね。もともと異なるモチベーションを持った個々人が、チームのために役割を果たす……。その空気が生むエネルギーは、社会人スポーツなどではなかなか味わえません。去年の大学選手権の準決勝、決勝の前は、本当にそう感じました。青春みたいなものじゃないですか」
――大学ラグビーには「トップ選手の成長を妨げるのでは」という議論がある一方、田中監督が言われたような面白みもある。
「海外ならこのくらいの年(18~22歳)の選手はプロになっていますし、そのためのプログラムやシステムもある。一方で日本には大学ラグビーがあるためその部分が遅れている……。僕もずっと(サントリーの加盟する)トップリーグ側にいたので、そう思っていたんです。しかし大学側に来ると、大学ラグビーはすごいコンテンツだと感じます。早明戦、早慶戦(早稲田大学、明治大学、慶応義塾大学などによる伝統のゲーム)にはOB、OGを中心に数万人の観客が集まる。トップリーグとは違うファン層には『こういうのも、いいな』と思わされます。それに大学ラグビーのレベルは、決して下がってはいない。むしろフィジカルは以前より高まりましたし、複数の留学生を起用するチーム、トップリーグを経験した指導者の数が増えました。リーグ編成などで改革の余地はあるかもしれませんが、『大学ラグビーがあるからレベルが下がっている』とはあまり思いません」
田中澄憲(たなか・きよのり)
明治大学ラグビー部監督
1975年12月28日生まれ、兵庫県出身。明治大学ラグビー部で3年生時に大学選手権で優勝。卒業後、サントリーサンゴリアス(トップリーグ)でプレーする。2011年引退。サントリーのチームディレクターを経て、2017年明治大学ラグビー部のヘッドコーチ、2018年より監督に就任。昨季は22年ぶり13回目の大学日本一に輝いた。
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